「ウクライナの原子力およびその関連施設に対する攻撃に国際法はどう適用されるか」
米誌『ブレティン・オブ・ジ・アトミック・サイエンティスツ』
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| (2022.3.6) |
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ロシア軍によるウクライナ領内のザポロジエ原発に対する攻撃について、米国のジェームズ・マーティン不拡散研究センター所属の科学者ジョージ・ムーア氏は「ジュネーブ条約の追加議定書や国際人道法の規則、ロシア自身の軍律がこの種の攻撃を禁止している」と指摘している。以下、米科学誌『ブレティン・オブ・ジ・アトミック・サイエンティスツ』からの翻訳。
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ウクライナに対するロシアの侵攻が展開する中、チェルノブイリ原発とその周辺の立入禁止区域のロシアによる瞬く間の占拠が、広範な憶測と懸念に火をつけた。その懸念は、占拠がチェルノブイリからの放射性物質のさらなる放出をもたらすのかどうかという点にとどまらず、ウクライナの他の原子力関連施設に対するロシアの軍事攻撃の可能性に対するものでもあった。こうした恐怖は、ウクライナのエネルホダル近郊のザポロジエ原発をロシア軍が砲撃し、明白に占拠した事態を受けて、さらに加速した。首都キエフ近郊の(専門国営企業)ラドン社の放射性廃棄物処分場に攻撃があったとの報道もある。
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しかしながら、これらの攻撃でこの問題は終わりではないかもしれない。ウクライナは54%の電力を供給する15の原子炉を保有している。
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原発施設に対する攻撃の問題は以前から検討されてきたことだが、ウクライナで生じた事態も含め、原子力およびその関連施設に対する攻撃に対処する国際的な法体制は、一般の人が考えるほど明快なわけではない。それでも、ジュネーブ諸条約の追加議定書や国際人道法の規則、ロシア自身の軍律は、ロシアがザポロジエ原発に対して行ったこの種の攻撃を確かに禁止している。この国際規範に対する違反のロシアの責任を誰が問うのかという問題については、よく言っても未解決だ。
国際的な法体制
駐ウクライナ米大使館はザポロジエ原発に対する攻撃を「戦争犯罪」だと呼んだ。これは単なるウクライナ政府支持のレトリックなのか、あるいは国際的な法体制から生じる、正しい国際法上の分析だろうか?
国際的な法体制は、条約、協定、行動規範からなる。もちろん国際条約こそ、その締約国が同意した合意事項の義務を課すのだから、国際法としては最高位のものだ。しかし、原子力発電所や燃料貯蔵施設、その他の関連施設に特化して対処する、現行の条約はない。したがって、国際的に求められる振る舞いというのは、より広い意味で合意された枠組みや規範といった他のものの中に見出さなければならず、状況は必ずしも明快とは言えない。
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より高いレベルの分析においては、区別原則と均衡性原則が戦争遂行に関する2つの主原則となる。つまり、どんな行為であろうとも、(先行する)挑発行為に対して均衡性のある措置として正当化されるものでなければならず、可能であればその措置は、民間・非軍事施設への被害を避けるために軍事目標と民用物とを区別しなければならない、ということだ。ロシアの侵攻そのものがこれらの一般原則の片方もしくは両方に違反しているかどうかという議論はさて置くとしても、ウクライナの原子力およびその関連施設に対するロシアの全攻撃は、ほぼ間違いなく両方の原則に違反している。攻撃を受けた施設は、ウクライナ軍と希薄なつながりをもつにすぎない民間施設であり、攻撃は(軍事目標と民用物を)区別していない。ばかげた例として、ナチスや麻薬中毒者によってウクライナが統治されているといった、ほぼ間違いなく虚偽のロシアのウクライナ攻撃の理屈付け≠正当なものだと仮に認めても、原子力およびその関連施設に対する攻撃が、ロシアが主張するであろうウクライナがロシアにもたらした危害に対して均衡性のあるものだという妥当な議論は何もない。
驚くべきことに、国際赤十字(IRC)は1956年に「原子力発電所」を含む諸施設への攻撃は一般市民を危険にさらす可能性があるとして、攻撃対象から外すことを提起していた。この問題における国際赤十字の努力が最終的には、ジュネーブ諸条約への第1追加議定書につながった。
同第1追加議定書の第56条は次のとおり。
[危険な力を内蔵する工作物および施設の保護
1.危険な力を内蔵する工作物および施設、すなわちダム、堤防および原子力発電所は、これらの物が軍事目標である場合であっても、これらを攻撃することが危険な力の放出を引き起こし、その結果文民たる住民の間に重大な損失をもたらすときは、攻撃の対象としてはならない。これらの工作物または施設の場所または近傍に位置する他の軍事目標は、当該他の軍事目標に対する攻撃がこれらの工作物または施設からの危険な力の放出を引き起こし、その結果文民たる住民の間に重大な損失をもたらす場合には攻撃の対象としてはならない。
2.1に規定する攻撃からの特別の保護は、次の場合にのみ消滅する。
(a)ダムまたは堤防については、これらが通常の機能以外の機能のために、かつ軍事行動に対し常時の重要な、かつ直接の支援を行うために利用されており、これらに対する攻撃がそのような支援を終了させるための唯一の実行可能な方法である場合
(b)原子力発電所については、これが軍事行動に対し常時の、重要なかつ直接の支援を行うために電力を供給しており、これに対する攻撃がそのような支援を終了させるための唯一の実行可能な方法である場合
(c)1に規定する工作物または施設の場所または近傍に位置する他の軍事目標については、これらが軍事行動に対し常時の、重要なかつ直接の支援を行うために利用されており、これらに対する攻撃がそのような支援を終了させるための唯一の実行可能な方法である場合]
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米国は一貫して第1追加議定書の批准を拒んできており、放射能兵器に関する国際合意の中に原子力関連施設に対する攻撃を含めることを断固として拒否してきた。しかしながら、米国は第1追加議定書に署名は行っており、そのことは批准に向けて取り組む間、同議定書に違反しないよう米国を拘束している。ロシアは批准したが、2019年に第1議定書から脱退した。こうした状況にもかかわらず、170ヵ国以上の批准によって同議定書は間違いなく有効な国際的行動規範となっている。
第2追加議定書もまた、ずっと簡潔な形ではあるが、原子力およびその関連施設に対する攻撃に関連するものだ。同議定書の第15条―危険な力を内蔵する工作物および施設の保護―は次のとおり。
[危険な力を内蔵する工作物および施設、すなわちダム、堤防および原子力発電所は、これらの物が軍事目標である場合であっても、これらを攻撃することが危険な力の放出を引き起こし、その結果文民たる住民の間に重大な損失をもたらすときは、攻撃の対象としてはならない]
ここでもまた、米国は同議定書に署名はしているが批准はしていない。ロシアはここでは依然として同議定書の締約国であり、最近の行動は初期評価のかぎりにおいては、第2追加議定書に違反しているようにみえる。しかし、ロシアは、第15条の文言が漠然で曖昧としていることに注目して、「危険な力の放出を引き起こし、その結果文民たる住民の間に重大な損失をもたら」してはいないと主張する可能性がある(例えば死者が1人なら「重大な損失」に当たるのか、あるいは100人ならどうか、など)。
ジュネーブ諸条約の追加議定書以外では、慣習国際人道法の諸規則、具体的に言えば、規則42が原子力およびその関連施設に対する攻撃に適用される。規則42は次のとおり。
[危険な力を内蔵する工作物および施設、すなわちダム、堤防、原子力発電所、およびその周辺に位置するその他の施設が攻撃対象となる場合、危険な力の放出ならびにその結果としてもたらされる文民たる住民の間における重大な損失を回避するために特別の注意が払われなければならない]
規則42は、ロシアを含む多くの国の軍指針に組み込まれている。次の点は興味深い。ロシア軍教練書(1990)は、「危険な力を内蔵する工作物あるいは施設に対して、攻撃が多大な生命の損失、文民への被害、あるいは民用物への損害を引き起こすと知りながら、そのような攻撃に着手」することは禁止されていると述べている。
さらに、ロシアの国際人道法適用に関する諸規則(2001)は次のように述べる。
[とりわけ危険な物とは原子力発電所、堤防、ダムであり、これらの破壊は危険で破壊的な因子を放出させ、その結果として文民たる住民の間に重大な損失をもたらす可能性がある。これらの物は、例えこれらが軍事目標になっている場合でさえ、その攻撃によって上記の結果が引き起こされる可能性があるなら攻撃の対象としてはならない。
とりわけ危険な物は、それが敵の軍事作戦に恒常的で相当かつ直接的な支援をもたらしている場合(ダムや堤防の場合、それらが通常の用途以外の目的で使用されている場合のみが該当する)に、さらには、そのような攻撃が、当該支援を排除するのに唯一実行可能な手段として認められる場合に、その例外的地位を失うこととなる](ロシア軍による国際人道法適用に関する諸規則)。
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要約すれば、原子力およびその関連施設に対する攻撃に直接関連する国際条約はないが、ジュネーブ条約の第1および第2追加議定書と国際人道法の諸規則は、ほぼ間違いなく、そのような攻撃を禁止しており、国際的な行動規範を生み出してきたが、ウクライナ領内でのロシアの行動はこれにすでに違反あるいは現在進行形で違反しているようにみえる。大部分においてこの国際規範を組み込んだロシア軍自らの指針に、同軍は違反しているようであり、注目に値する。
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