「核兵器禁止条約発効から2年。核軍備撤廃の希望の光」
――オーストリア外務省 アレクサンダー・クメント軍縮局長の論考――
米誌『ブレティン・オブ・ジ・アトミック・サイエンティスツ』1月23日号
|
| (2023.1.23) |
| ◇ |
|
2年前の2021年1月22日、ホンジュラスが50ヵ国目の批准国となり、核兵器禁止条約(TPNW)が法的に発効した。当時でも、核の危険はきわめて高いと考えられていた。終末時計は人類の終末まで残り100秒を示していた。2021年の『ブレティン・オブ・ジ・アトミック・サイエンティスツ』声明は、陰鬱な核状況を指摘していたが、そうした中、条約の発効は一条の希望であった。
その後、この状況はいっそう暗くなるばかりだった。
ロシアの黙示的な、しかし紛れもない核の威嚇と、ウクライナ戦争で、核使用へのエスカレーションのリスクが、まちがいなく核分野における最も懸念すべき出来事である。しかしながら、この2年間に、核開発計画の急速な進展と近代化、軍拡競争の新たな展開、核拡散の新たな局面など、核リスクはすでに悪化していたのだ。
さらに悪いことに、核のレトリックがますます耳障りになっている。ロシアのプーチン大統領による無責任な核の威嚇に続いて、私たちは、戦術核の使用や、ロシアが核使用というタブーを破った場合に核で対応するかそれとも非核で対応するかという議論も耳にしたり、目にしたりするようになった。
このようなレトリックの結果、核兵器の使用が「普通のこと」にされつつあるが、これは冷戦以来これまで見られなかった非常に危険な状況である。昨年8月、NPT第10回再検討会議の開会式で、国連のアントニオ・グテーレス事務総長は次のように警告した。
「私たちはこれまでは非常に幸運でした。しかし、幸運は戦略ではありません。それはまた地政学的な緊張が核戦争に発展するのを防ぐ盾でもありません。今日、人類はたった1つの誤解、たった1つの誤算で、核による絶滅の一歩手前まできているのです」。
こうした動きを見れば、核兵器廃絶や核兵器のない世界への希望はかつてなく遠のいており、地政学的な緊張の結果として、核兵器や核抑止力をさらに重視する動きが止まらないように見えると結論づけたとしても、無理からぬことだろう。こうした背景から、核兵器を禁止しようとする条約について、すべてのベクトルが反対方向を指しているように見えるので、その価値と影響力に人々は疑問を抱くかもしれない。しかし、核兵器禁止条約はかつてなく重要なものになっている。それは、主に次の2つの理由による。
核軍備撤廃のための具体的な取り組み
第一の側面は、核兵器禁止条約は、核軍備撤廃を具体的に進展させるための国際社会による多国間の取り組みである。核不拡散条約(NPT)が、核軍備撤廃の義務や誓約の履行に関する信頼性の低下や核拡散リスクの増加などにより非常に脅かされている。いま、核兵器禁止条約は、核軍備撤廃や不拡散体制を大きく強化するものとなる。さらに、包括的核実験禁止条約(CTBT)の発効の見通しが暗く、ジュネーブ軍縮会議での核兵器用核分裂性物質生産禁止条約の交渉の可能性についても同様に暗いことを考えれば、多国間核軍縮体制はいま、可能なあらゆる支援を必要としている。
核兵器禁止条約の署名国は、2022年6月、ウィーンでの第1回締約国会議において、この新しい条約の履行に踏み出した。参加諸国は、共同の意思を示している多くの、そして活発な市民社会組織、科学者、関連自治体の代表とともに、大きな熱意と献身をもって臨んだ。それは、他の多国間軍縮協議の場の現況とは対照的なものだった。前向きの精神は、締約国会議の実質的でかつ野心的な決定にも反映された。全締約国は全会一致で重要文書「ウィーン行動計画」を採択した。これは、今後数年間に各国がどのように条約を履行していくかを示したもので、各国は条約の目的を前進させるための野心的で具体的な作業計画に取り組むことを約束した。
また、6月の締約国会議では、条約履行に指針を示すことを任務とするいくつかの非公式作業部会が設置された。これらの部会は、条約の積極的義務、廃絶への道筋、普遍化、科学的助言、補完性に焦点を当てることになる。
第一。核兵器禁止条約による被害者支援と環境修復の義務づけは、この種のものとしては国際条約で初めての規定であり、過去における核兵器の使用や核実験が残した人道上の諸問題を認めるものである。カザフスタンや太平洋島嶼国など締約国の中には、自国領において核保有国が行った過去の核実験による破滅的な影響によって、今日に至るも被害コミュニティが苦しんでいる国がある。核兵器禁止条約の締約国は、被害コミュニティを集団的取り組みの中心にすえ、これらの不正義に対処し、是正を求めるための協同のプロセスを開始した。この長期的な関与は、条約の人道上の存在意義を最も目に見える形で示すものになるだろう。
第二。締約国はひきつづき、核保有国が条約に加盟する準備が整った場合、またその時に備えて、条約に規定された核兵器廃棄への道筋をさらに整備する作業に取り組む。これには、核兵器禁止条約第4条が予定する、権限ある国際的当局を将来指定するための一連の手続きを作成するための議論が含まれる。
第三。条約の履行に関連する諸問題について締約国に助言を行う学術諮問グループが設立されつつある。これには、たとえば軍縮の検証に関する技術的な助言だけでなく、核兵器の人道上の影響やリスクに関する新しい科学的研究についての助言も含まれる。このグループは、締約国の要請に応じて活動するが、条約に関連した動きについて、積極的に締約国に注意喚起していく。これは核兵器禁止条約に役立つだけなく、より広範な核軍備撤廃・不拡散体制にも役立つ可能性がある。
第四。条約の批判者たちは、核兵器禁止条約がNPTと競合する、あるいは両立しないという主張を、政治的意図をもって繰り返し行って、核兵器禁止条約署名国に対して、この問題に取り組むよう求めている。核兵器禁条約の全加盟国が合意した詳細なワーキングペーパーは、NPTが枠組み条約であって、その不拡散義務や平和利用に関する条項は、追加の多くの法的なまたは法的ではない措置を通じて、時間をかけて実施・具体化されていったことを説明しており、批判者たちの主張を包括的に葬るものである。一方、核軍備撤廃に関するNPT第6条は、これまでほとんど履行されてこなかった。核兵器の包括的な法的禁止は、NPTの核軍備撤廃義務を将来的に完全に履行するうえで不可欠な内容である。核兵器禁止条約は、法的にも、機構上も、また論理的にも、6条を履行するための有効なメカニズムである。
第10回NPT再検討会議は、これら2つの条約の補完性をさらに強調した。核兵器禁止条約の加盟国は、同条約の論拠やNPTとの補完性を強調しながら、この会議を有意義な結果で終えるために建設的な活動を行った。NPTには多くの問題があるが、核兵器禁止条約がその1つだというわけではない。核兵禁止条約は、NPTが軍縮義務を緊急に履行すべき新たな理由を与え、核兵器使用というタブーを強化することによって、追加の不拡散メカニズムとして機能する。
第1回締約国会議で行われた議論や決定の幅の広さと深さに、多くの観察者は驚いたものである。最終的に、多国間軍縮フォーラムとして、実質的な文書に合意し、あらゆる地域の国々が建設的に協力することが可能だった。それは、コンセンサスが遮断される他の軍縮フォーラムとは対照的である。さらに、オーストラリアや、ドイツ、ノルウェー、ベルギー、オランダといったいくつかのNATO諸国を、核兵器禁止条約に参加する意思がないという明確な立場にもかかわらず、オブザーバーとして迎え入れたことである。
核兵器禁止を核軍備撤廃の出発点とするか終着点とするかで意見が分かれるとしても、そもそも核兵器のない世界を実現し維持するためには、核兵器の禁止規範が必要となる。それは国連総会で核保有国の外交官も認めているところだ。核軍備撤廃の媒介者となり、具体的な進展に必要な枠組みを構築することで、核兵禁止条約加盟国は、NPTの義務を履行するための自らの役割を担っている。この禁止条約のコミュニティは、核軍備撤廃の議論において、思いもかけず重要な推進者となってきた。
重要かつタイムリー
核兵器禁止条約をきわめて重要なものにしている第二の側面は、核リスクが再び高まり、一部の国が核兵器の妥当性を再び強調しようとしているまさにその時に、条約が成立したことである。核兵器禁止条約は対照的に、核抑止力論(パラダイム)からの脱却を指し示すものである。この条約は、理想主義にもとづくものではなく、もし抑止力論が失敗した場合に核兵器がもたらす破滅的な地球規模の帰結についての、いっそう説得力を増している証拠にもとづいている。核リスクが増大している中で、核兵器禁止条約は、加盟国の正当な懸念を示しているだけではなく、安全保障に関する加盟国の確固とした、そして現実的な判断を示すものなのである。
核兵器禁止条約は、核抑止力論の核心的な想定について、この理論が不確実さとリスクをはらんでいることを浮きぼりにして異議を述べている。同条約は、核抑止力の安定性を信じることで核兵器の「不使用」を想定するのではなくて、逆に、核抑止力の不安定性が最終的には核兵器の使用につながると想定しているのである。誤解、誤算、誤用は将来にわたって避けられない。核兵器に関する政策と意思決定は、むしろ不確かな証拠にもとづいて安定性を想定する思考の枠組み(パラダイム)に依拠するのではなく、核兵器のもたらす破滅的な結果という可能性、ならびに核兵器のもたらす存亡上のリスクに関する実証可能な事実に依拠するのでなければならない。
核兵器禁止条約加盟国は、ウィーンで採択された政治宣言で、このことを次のように明確に表明している。「私たちは、明示的であろうと暗示的であろうと、またいかなる状況下であろうと、あらゆる核の威嚇を明確に非難する」。さらにこう続く。「核兵器は、平和と安全を守るどころか、強制や威嚇、緊張の高まりにつながる政策の道具として使われている。これは、核兵器が実際に使用されるという脅威、すなわち無数の生命、社会、国家を破壊し、地球規模の破滅的な結果をもたらす危険性にもとづいている核抑止力論の誤りを、これまで以上に浮き彫りにしている」。
核抑止力を擁護する者は、今後も意見を異にし、我々とは異なる法的・政治的結論を導き出すか、または禁止条約に積極的に反対するだろう。しかし、核兵器禁止条約の根本的な主張は、重大であり、正当であり、回避できないものである。核兵器禁止条約が核兵器に反対する国際社会を結集し続けるなら、そのこと自体が、核の現状に正当性はなく、あらゆる核の威嚇、もちろん核使用は、容認されず、違法と見なされることを、表明するものとなる。これは重要なことである。
禁止条約のコミュニティがもっている現在の勢いは、すでに核兵器に関する公的な議論を活性化させており、2022年11月のG20サミットの宣言では、核の威嚇と使用は「許されない」と糾弾されるに至った。今日、核抑止力支持派が核兵器禁止条約に強く反対するのは、この条約の強さの表れであり、また、この条約が潜在的に、変革をもたらすような根本的な根拠を有することの表れと言えるかもしれない。
この先どうなるか
核兵器禁止条約はまだ若い条約である。この記事を書いている時点で、92ヵ国が署名し、68ヵ国が批准している。この禁止条約は、世界的な核秩序によって大きく権利を奪われている大多数の国々に声を与えることで、すでに大きな影響を及ぼしている。核兵器禁止条約の普遍化と核兵器禁止に関する議論は、この条約の最も重要な目的である。条約署名国は市民社会組織とともに、この目標を徐々に、そして着実に追求しつづけるだろう。核兵器禁止条約の批准と署名のたびに、世界的な規模でその規範的価値が強化されるので、それは、より多くの国に条約への参加を確信させることになる。同時に、核兵器のもたらす人道上の帰結とリスクという根本的な根拠を引きつづき押し出すことが、同様に重要である。この論拠は、核軍備撤廃を進展させる緊急性と、根拠の危うい核抑止力論(パラダイム)から離脱する緊急性を浮き彫りにする。
核兵器禁止条約の多国間の取り組みは、核兵器と安全保障という問題に対して別のアプローチがあることを示している。核兵器を放棄するよう誰かに強制することはできないが、この条約は、強力な論拠と証拠を通じて、核兵器には正当性も、合法性も、持続可能性もないことを確信させる根拠を提供することができる。この禁止条約は、核保有国が核軍備撤廃に向けて、また、根拠の危うい核抑止力論からの離脱に向けて、具体的なステップに取り組む準備ができた時のために、土台を築くことができる。
核をめぐるほとんどの事態は核軍備撤廃とは逆向きであり、この問題での核保有国のリーダーシップがほとんど失われている今、核兵器禁止条約は、もしこの条約がなければ核軍備撤廃に関するリーダーシップが目下、失われることになるという非常に暗い状況に対する、かけがえのない、潜在的に重大な意味をもつ希望の光である。
|
|