沖縄から米陸軍「核地雷小隊」
ベトナム戦争時に派遣 沖縄が「核攻撃の策源地」に
国際問題研究者・新原昭治氏が入手した米陸軍解禁文書などから判明
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| (2020.06.15) |
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ベトナム戦争時、沖縄からベトナムに派遣された米陸軍第173空挺旅団に、小型核の一種「核地雷」を扱う小隊が置かれ、沖縄がベトナムへの「核攻撃の策源地」となっていた――。「しんぶん赤旗」が5月6日付1面で大きく報じ、次いで沖縄の地元紙「琉球新報」「沖縄タイムス」も同問題の記事を掲載しました。「琉球新報」は「社説」でも取り上げ、「沖縄を復帰前の危険な状態に戻してはならない」と論じました。
国際問題研究者の新原昭治さんが入手した当時の米陸軍の解禁文書などから判明しました。新原さんが入手した文書は、南ベトナムの米陸軍司令部が現地の陸軍部隊に届けていた指示・連絡文書「在南ベトナム米陸軍の展開と支援」。昨年暮れに非核の政府を求める会が開いたシンポジウムでも詳しく紹介しました。
一連の文書によると、南ベトナムの米陸軍部隊は1965年以来、核兵器の保全に欠かせない「核兵器整備要員」を1000人以上も常駐させていたこと、「核兵器の機能復元」のため「選択・指示された部隊は、連絡を受け取り次第、緊急に核〔発射〕機能の構築計画にもとづいて、配備展開が可能な状態にしておかなければならない」と指示しています。
「しんぶん赤旗」報道によると、同文書1967年12月11日付には、実際に核兵器能力を持つ部隊名とその準備態勢が列挙されており、その中に、沖縄から南ベトナムに移駐していた米陸軍第173空挺旅団の「核地雷小隊」が明記されています。「核地雷小隊」の存在が明らかになったのは初めて。第173空挺旅団は沖縄の西表島、読谷村などで訓練を行い、65年に南ベトナムに配備されています。
非核政府の会の昨年のシンポジウムで新原さんは、沖縄の米軍基地の側での核兵器使用の準備態勢について、「核装置(核兵器)は沖縄で準備されつつある」とするシャープ米太平洋軍司令官の言明などをあげて「南ベトナムで米軍が核兵器を使用するとなれば、それは沖縄で準備されるというのが、米軍の当時の共通認識になっていた」と指摘しています。
復帰後、核兵器は沖縄から撤去されたことになっていますが、日本側は査察をしておらず、証明されていません。有事の際、米軍が沖縄に核兵器を持ち込めるとする密約はいまも破棄されていません。密約では、沖縄の辺野古や嘉手納基地などの核基地機能を温存するとされています。
「沖縄を再び核の島にするな」の訴えは今日的な重要課題です。
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