HOME >> 核兵器をめぐる情報━日本政府の動向
 
 ●日本政府の動向
 
非核政府の会がシンポジウム
朝鮮半島の平和の激動と日米「核密約」
(2018.12.08)

 非核の政府を求める会は2018年12月8日、シンポジウム「朝鮮半島の平和の激動と日米『核密約』」を東京都内で開きました。朝鮮半島の平和の激動を前にして、日本が憲法9条を持つ被爆国にふさわしい役割を果たすかどうかが正面から問われる情勢下、日米「核密約」のもとでアメリカの核兵器使用政策の前線基地機能を担う日本の危険な現実を解明し、非核の日本、非核の政府実現の展望を探ろうと開いたもの。
 野口邦和・元日本大学歯学部准教授の主催者挨拶に続いて、小澤隆一・東京慈恵会医科大学教授、松岡哲平・NHK沖縄放送局ディレクター、竹下岳・「しんぶん赤旗」政治部記者、笠井亮・日本共産党衆議院議員の4氏がパネリストとして報告。原水爆禁止日本協議会の土田弥生事務局次長が特別発言を行いました。

 小澤さんは「東アジアの平和・核なき世界と日本の責務」と題して報告。憲法9条や戦後日本の平和構想がねじ曲げられた原点に朝鮮戦争があり、沖縄の基地の性格が冷戦下の米軍の前線基地へと変えられていった契機も朝鮮戦争だったと述べ、朝鮮戦争を終結させることは日米軍事同盟の正当性を失わせ、アジアにおける新たな平和構想の出発点になると語りました。
 「沖縄と核」の取材で見えたこと」のテーマで報告した松岡さんは、那覇基地での核ミサイルの誤射事故や、キューバ危機では沖縄の核ミサイル部隊が発射間際となり戦争になっていたら「沖縄は終わっていた」こと、沖縄への核配備は、核抑止維持のため日本政府が選択したことなどを証言映像をまじえてリアルに報告しました。

 竹下さんのテーマは「日米『核密約』のいま≠問う」。核密約下、90年代まで日本への核持ち込みが常態化し、将来、核持ち込みの例外をつくることがあることは政府が肯定して事実上公式の方針となっている事態を解明。核兵器禁止条約反対だけでなく、トランプ政権の核兵器増強に力を貸しているのが日本政府だと指摘しました。

 笠井さんは「朝鮮半島激動下、『非核の政府いまこそ』」と題して報告。日本政府の国連決議案がNPTの合意文書を改竄して非核保有国の批判を浴び、米仏などの核保有国からも見放されて「橋渡し」論が破たんしていること、朝鮮半島激動下、「戦争する国づくり」や9条改憲の根拠も破たんしていることを明らかにし、核兵器禁止条約にサインする政府を実現させようと呼びかけました。

 土田さんは第73回国連総会での核兵器関連の議論を概括し、トランプ政権の妨害にもかかわらず、核兵器廃絶に向かうゆるぎない流れがあると報告。被爆75年となる2020年に向けて、核兵器の非人道性を知らせる運動を爆発的に進めるとともに、核兵器問題をめぐる共同を広げたいと語りました。


 #   #   #
 パネリスト4氏の報告、1氏の特別発言のそれぞれ要旨を、次に紹介します。
  ◇
                
東アジアの平和・核なき世界と日本の責務
 小澤 隆一(東京慈恵会医科大学教授・憲法学) 


 私は、韓国と北朝鮮が事実上の敵対関係の終結に向かおうとしている新たな動きの意義、そのことと不可分の朝鮮戦争の実相について話したいと思います。

 朝鮮戦争は、東アジア戦争≠ニいわれるぐらい、東アジアの国家体制・国家関係を確定させる戦争でした。にもかかわらず、その意義が語り継がれず、忘却された戦争≠ニいう性格を持っています。日本の植民地支配から始まった戦争で、その植民地支配からの解放が、残念なことに米ソ中対立構図の中で南北分断国家となった。

 では当時、日本はどういう状況にあったか。朝鮮戦争前の日本は、憲法9条の下で、占領が終結した暁には、日本は非武装で、どの外国軍部隊も駐留しない平和国家で歩むことが強く構想されていました。
 ところが、朝鮮戦争を機に、講和後もアメリカ軍は日本に駐留する、そして、日本に再軍備させるというアメリカ側の方針が明確に打ち出されてくる。それに対して日本側は、これは寛大なる講和だ、米軍の駐留は歓迎だとして安保条約の締結に向かい、日本の再軍備も約束させられる流れになった。警察予備隊がつくられ、個別的自衛権のための自衛隊は合憲であるという体制が築き上げられてきた。さらに2015年の戦争法成立によって、集団的自衛権の行使容認にまで踏み込む状態がつくられたわけです。やはり、憲法9条がねじ曲げられ、戦後日本の平和構想がねじ曲げられた原点に、この朝鮮戦争があったことを記憶に留めておく必要があると思います。

 沖縄は、朝鮮戦争をきっかけにして、在日米軍基地の位置付けが変化します。すなわち、日本非武装の保障占領の拠点から、冷戦下の米軍の前線基地へと沖縄の基地の性格が変えられていったわけです。その流れの中で、沖縄の核密約が交わされる状況になります。

 米軍政下の沖縄の基地について言うと、第2次世界大戦後、他国の領土を攻め取る正当性はなくなりましたが、アメリカは、沖縄をそのまま軍事基地として使いたいがために、法的根拠の不明確なまま占領を始めました。そこで考え出したのが、アメリカを唯一の施政権者とする国連による信託統治という構想ですが、米ソ対立状況の中で国連の合意事項とはなりえないわけで、結局、信託統治になるまでアメリカがずっと施政権を行使することになるという構想でした。

 それに対し、沖縄の人たちは敢然と島ぐるみ闘争を展開します。那覇市長に当選した瀬長亀次郎さんが米軍政によって追放されても、直後の市長選で兼次さんという、やはり軍政に抵抗する市長が生まれるという状況でした。

 瀬長亀次郎さんはすでに1950年代に「原水爆基地反対」というスローガンを掲げてアメリカ軍政とたたかっていました。沖縄に米軍が置かれたら核基地になるとして、それを公然とたたかいの旗印にしていた。これはすごい先見性だと思います。

 しかし、こうしたたたかいの後に、米日両政府は、日本国民の強い反核世論との力関係で、密約化の方向に進んでいくことになります。それがなお今日まで続き、沖縄は依然として日米核軍事同盟のキーストーンになっているんだということを、しっかりと見る必要があります。

 この日米核軍事同盟をなくすことが、実は今、私たち日本国民に試されている課題だと思います。私たちは今、憲法9条改悪阻止の課題に直面しているわけですが、この課題は、アジアの平和の実現と密接不可分、相互依存的な関係にあります。

 北朝鮮にとって、非核化の見返りとしては、「国交正常化・朝鮮戦争終結・平和条約締結」で、これをなしとげることによって、北朝鮮は非核化の実現に前向きになる。そういう流れの中で、朝鮮戦争を終結させることは、まさに軍事同盟体制の正当性を失わせることになります。そして、アジアにおける新たな平和構想の出発点になります。

 そして、北朝鮮の非核化は、アメリカ自身の核戦略見直しもさせていくことになると思います。まさに、朝鮮半島の非核化という課題は、アジア地域の課題であると同時に、実は全世界的な課題だということです。核兵器禁止条約が求めている世界を、まさにアジアにおいて先鞭をつける取り組みなのだと位置付けることができます。

 このようにして考えると、9条改憲阻止と、アジアの平和実現・軍事同盟体制の打破と、核兵器廃絶というのは、まさに三位一体的な課題として私たちの目の前にあると思います。

「沖縄と核」の取材で見えたこと
 松岡 哲平(NHK沖縄放送局ディレクター)


 去年(2017年)9月に、「沖縄と核」という番組を放送しました。その取材で見えてきたことを報告したいと思います。

 最初に、私が「沖縄と核兵器」という問題を扱ったきっかけは、米国防総省が2015年末にある機密を解除して明らかになった、1972年の本土復帰以前にアメリカは沖縄に核兵器を配備していたという事実です。アメリカが15年末までこの事実を機密事項にしていたことに驚きました。

 調べてみると、嘉手納基地などにマーク28という広島型原爆の70倍の威力のある爆弾が配備されていたことや、メースBという核ミサイルが沖縄に32基もあることが浮かび上がってきました。

 沖縄への核持ち込みを決定したのは、アイゼンハワー大統領です。「ニュールック戦略」を打ち出し、軍事費を減らしたいが戦力は担保したいので、核兵器で相手を殲滅する戦略に切り替えていった。
 アイゼンハワーの決定的な発言が残されています。1953年7月23日のNSC(国家安全保障会議)最高幹部会議の議事録です。この会議でアイゼンハワーが、緊急時の使用に備えて、沖縄に核部隊を展開しよう≠ニ発言している。多分、これが沖縄に核を配備するという最初の公的な発言ではないかと思います。
 番組の中で、いくつか発見がありました。その最大のものは、今までまったく知られていなかった、那覇基地で起きたナイキ・ハーキュリーズという核ミサイルの誤射事故です。このミサイルは20キロトンの核弾頭を積んだ迎撃ミサイルで、沖縄の重要な核施設の防衛用に8ヵ所に配備されていました。そして那覇基地に配備されていたナイキ・ハーキュリーズの1つが、横に寝かされている状態で発射されて、核弾頭を搭載したまま海に突っ込むという事故が起きた。このとき現場にいたロバート・レプキーさんは、核爆発したら那覇の街が吹き飛んでいただろう≠ニ証言してくれました。

 沖縄に核が集中している背景には、日本本土の反核感情があります。日本本土では、広島・長崎への原爆投下や、ビキニ環礁でのアメリカの水爆実験による日本漁船被ばく事件があって、「核兵器はもう絶対に日本に持ち込ませてはならない」という核アレルギーが高まっていました。
 1960年に日米安保条約が改定されます。そのとき、同時に、事前協議制というものが作られて、これが密約の元になるわけです。この事前協議制というのは、アメリカが日本に核兵器を配備したいときは、必ず日本に事前に相談するという制度です。ただし、沖縄はこの制度の対象外になってしまった。対象地域から沖縄を外すことによって、アメリカは沖縄に核を配備し放題になり、沖縄は世界最大級のアメリカの核拠点になっていたのです。
 1962年のキューバ危機のとき、沖縄の核ミサイル部隊は発射間際になっていた、標的は中国だったということもわかっています。そのとき、嘉手納基地の核爆弾を韓国の基地に運んだポール・カーペンターさんは、「もし戦争が始まっていたら、沖縄は終わっていただろう」と言っていました。沖縄は、核兵器が置かれたことで大きなリスクを背負わされていたことがわかってきました。

 60年代になると沖縄の返還交渉が始まり、同時に、核密約が結ばれていった。密約には、緊急時の使用に備えて、嘉手納、那覇、辺野古の核貯蔵施設を維持すると書かれています。

 この交渉時のアメリカ国防長官だったメルビン・レアードさんに話を聞くことができました。その証言のポイントは、彼が「日本を守るために核抑止力を維持したいなら、どこかに核を置かないと」と言ったら、日本政府が沖縄を選んだということです。

 この番組を放送すると、視聴者の方から「沖縄に今も核兵器があるのかどうか明らかにしてほしい」など大きな反響がありました。「核査察を求めたい」という声もありました。

 この核査察というのは、まさに今、米朝首脳会談とか非核化交渉で問題になっていることです。
 アメリカは北朝鮮に対して徹底した核査察の受け入れを求めています。それに対して半島非核化にこだわる北朝鮮はアメリカも韓国に核を置いてないことを証明するよう求めています。

 私の感覚からすると、自分は核査察を受け入れないくせに、相手にはお前たちは丸裸になれ≠ニいうアメリカの上から目線≠フ感じというのはボタンを掛け違えているんじゃないか。この番組の取材を通して、素朴に感じているのはこういう感想です。
  ◇
               
日米「核密約」のいま≠問う
竹下 岳(「しんぶん赤旗」 政治部記者) 


 核密約というのは、国民に黙って日本に核を持ち込む、日本とアメリカの秘密の合意です。代表的なものとしては2つあります。

 その一つは、1960年の日米安保条約改定に伴って合意された「討論記録」です。2010年3月、民主党政権のときに公開されました。基本的な構造でいうと、重要な装備の変更――大きな部隊を日本に配備するとか、核兵器を持ち込むとか――の場合は事前協議をするとなっています。ただし、「『事前協議』は、合衆国軍隊とその装備の日本への配置、合衆国軍用機の飛来(エントリー)、合衆国艦船の日本領海や港湾の立ち入り(エントリー)に関する現行の手続きに影響を与えるものとは解されない」とあって、ここが核密約の核心部分です。この密約は今日に至るも破棄されていません。

 もう1つが、松岡さんの報告にもありました、沖縄の核密約です。
 それぞれどう扱われてきたか。「討論記録」は、1960年以降、歴代の外務官僚がずっと保存してきて、首相や外務大臣が代わるたびに説明し引き継いできました。

 この核密約にもとづいて、核兵器を搭載した艦船の日本入港が常態化していました。民主党政権の岡田外務大臣が初めて、その可能性があったと公式に答弁しました。だから、少なくとも90年代初めまで日本に核持ち込みが行われていたことは、公式に認められた事実だということです。

 沖縄核密約のほうは、密約を結んだ佐藤栄作首相が密約文書を自宅の机の中に保管していた。安倍政権はこの密約はもう効力がないなどと答弁していますが、とんでもないことで、アメリカは国家間の公式の条約として扱っています。

 その具体的な証拠の一つが、3年前に米国防総省が公開した、70年代に編纂された歴史書で、その中で沖縄への核ミサイルについて言及しています。ホワイトハウスだけでなく、国防総省も知っていたということです。また、1980年代まで沖縄に核管理部隊が存在しており、辺野古弾薬庫に勤務していた日本人の技術者が90年代前半に、核貯蔵庫の設計図を暴露したこともあります。沖縄返還後、核兵器を貯蔵できる状態にあったかどうかは、極めてグレーだと思います。

 これは重要なことですが、2014年2月14日の衆議院予算委員会で、岡田さんは安倍政権に対して核密約に関する質問を行っています。非核三原則を守るということを原則にしつつ、緊急時において内閣の判断で例外を認める。現政権もこの方針を引き継いでいるかどうか確認したい≠ニいう岡田さんの質問に対して、岸田外務大臣は「安倍内閣としましても、こうした方針は引き継いでいます」と答弁しています。
 そういう意味では、核持ち込みの例外をつくることがあるというのは、もう密約ではなく公式の方針になってしまっていることに留意する必要があります。

 いま、日本への核持ち込みの危険は、新たな段階に入っていると言えます。私が取材で明らかにしたことですが、2009年、オバマ前政権は、核兵器削減にあたって、議会の委員会で同盟国からも意見聴取をやっていて、その2月25日の日本とのやり取りの記録です。日本は当然、オバマ政権の方針を理解し、後押ししてくれるものと期待されていましたが、日本の対応はむしろ核兵器を強化してくれというとんでもないものだった。とりわけ日本側がこだわったのが、TLAM/N(核トマホーク)廃棄方針で、これに日本側は強く抵抗しました。
 もう一つは、先ほどの米議会の委員会の「議事録」です。この中で、沖縄かグアムへの核貯蔵施設建設について日本はどう見るか≠ニのシュレジンジャー元国防長官の質問に対して、秋葉氏は「そのような提案は説得力があるように思う」と容認しています。
 こうした議論は当時の話≠ニ見るわけにはいきません。これを契機に日米間で日米拡大抑止協議が始まりました。それが今年2月のトランプ政権の新しい「核態勢見直し」(NPR)に反映されています。新しい核トマホークの研究・開発方針などです。
 トランプ政権は、オバマ前政権と比べて核兵器増強へと方針転換していますが、それを後押ししたのが日本政府でした。その意味では、核兵器禁止条約に反対するだけでなく、アメリカの核兵器増強に力を貸しているのが日本政府だという現実をしっかり見ていく必要があると思います。
 
 ◇


朝鮮半島激動下、「非核の政府いまこそ」
 笠井 亮(日本共産党衆議院議員・会常任世話人) 


 最初に今国会について言いますと、ウソとごまかしの答弁をし、自民党議員が「議論をするほど問題点が出るから採決するんだ」などと理事会で平然と言う。言論の府が言論を封じるという、まさに国会の自殺行為というべき状況でした。民意無視、国会愚弄の暴走政治ですが、それ自体、安倍政治のもろさの表れだと思います。その中でも、安倍首相自身が豪語していた、今国会での自民党改憲4項目案提示を阻止したことは大きな成果でした。

 きょうは3つの話をいたします。
 第1は、非核・平和の流れが加速する世界と対照的に、それに逆らう安倍政権の姿勢がいよいよはっきりしてきていることです。

 米朝首脳会談から半年を通して、朝鮮半島の平和プロセスに逆行する安倍政治の姿が浮き彫りになってきています。韓国の文在寅大統領は、アルゼンチンで開かれたG20でトランプ大統領と会談した後、機内で記者会見し、金正恩委員長の年内のソウル答礼訪問については「可能性は開かれている」と答え、「米朝間の非核化対話に対しても非常に肯定的な役割を果たす動力になるだろうという点について、トランプ大統領との間で同じ認識をもった」と語っています。

 もう一つは、核兵器禁止条約への揺るがぬ流れを妨げる核保有国の側に立つ被爆国政府という問題です。条約は発効を見通せる状況になってきている。「核の傘」の下にある国々でも、例えばオランダ、ノルウェー、アイスランド、スペインなどで自国政府に禁止条約への参加を促す動きが広がっているのは、大事な変化です。

 国連総会では初めて「核兵器禁止条約」決議が提案され、条約採択に賛成した122ヵ国を上回る126カ国が賛成して新しい陣地が開かれています。しかし日本は、核保有国、「核の傘」の同盟国とともに、この決議に反対しました。

 こういう動きを前にして核保有国はあがき、初めて核保有国5カ国連名で禁止条約反対の共同声明を発表しました。中身は一片の道理もありません。
 2020年NPT再検討会議に向けて、核保有国による「核兵器完全廃絶の明確な約束」を否定する動きも強めています。

 そういう中で、安倍政権が提案した日本決議は核兵器禁止条約にひとこともふれていません。安全保障環境を理由に核兵器廃絶を先送りしている。2000年NPT合意の「保有国が自国核兵器の完全廃絶を達成するという明確な約束」を「NPT条約を完全に実施するとの核保有国の明確な約束」と改竄していることに対しては、禁止条約推進国から批判が続出しました。他方、去年、日本決議に賛成したアメリカ、フランスも、今度は棄権しました。日本政府の言う「橋渡し」は見事に破綻していると思います。
 第2の柱は、日米核密約の危険についてです。嘉手納、三沢、横須賀、佐世保、ホワイトビーチなどの基地に、核攻撃能力を持つF35A、F15E、F16とか、原潜などが配備・寄港を繰り返し、日本の核基地機能がいっそう危険な状況になっています。

 2月14日の衆議院予算委員会で、日本共産党の藤野保史議員が、トランプの「NPR」を評価する安倍首相に、新「NPR」のもとで核持ち込みの前提が変わることへの認識を問うと、安倍首相は前提が変わることを認めました。こうなると、事前協議なしに核艦船や航空機の寄港を認めた核密約が、いっそう具体的な形で働くことになるのではないかと思います。

 最後に第3の柱です。今こそ憲法9条を守り生かして、非核の政府を求めるときだということを、大いに議論していきたいと思っています。朝鮮半島の激動の中で、安倍政権の「戦争する国づくり」や9条改憲の根拠が破綻しています。

 被爆者の皆さんは頑張ってきました。平均年齢は82歳になりました。日本被団協は、「ヒバクシャ国際署名」を2020年までに国内で過半数、世界で数億を目標にしています。被爆者認定訴訟についても、大事なときを迎えています。

 今こそ核兵器禁止条約にサインする政府の実現のために、ともに力を合わせたいと思います。日本が9条を持つ被爆国として先頭に立つなら、より高い道義性と説得力を持って、核兵器廃絶を訴えていくことができるし、条約を見直す力になると思います。

 安倍政権であっても禁止条約にサインせよと迫り、それでも応じないなら、来年の統一地方選挙、参議院選挙で、市民と野党の共闘で安倍政治に終止符を打つ。その点でもごいっしょに頑張りたいと思います。
 ◇
                   
《特別発言》
核兵器廃絶へ禁止条約を力に地殻変動起こす運動を
 土田 弥生(原水爆禁止日本協議会事務局次長)


 私は、核兵器廃絶をめぐる国連の議論の概括をし、2020年に向けてどういうふうに考えているかについて発言します。

 第73回国連総会第1委員会の議論ですが、トランプ政権がいろんな妨害をやっていても核兵器廃絶へ向かう揺るぎない流れがあると言えると思います。インドネシアの大使は、国際社会の圧倒的多数は核保有国に対して緊急に具体的な行動をとることを要求しているのだと発言し、国連の中満泉上級代表は、核兵器の引き続く存在こそ国際安全保障にとって最大の懸念であると発言しました。非同盟運動が核軍備撤廃に関する国連ハイレベル会合の後追い決議を出し、新アジェンダ連合も核軍備撤廃の約束履行の促進決議を提案してそれぞれ採択されています。本当に禁止条約を押し出す発言が多かった。

 その最大のものが「核兵器禁止条約」決議で、禁止条約への署名・批准を歓迎し、未署名・未批准のすべての国に署名・批准を呼びかけています。126ヵ国が賛成しました。米英仏ロ中、インド、パキスタン、イスラエルが反対し、北朝鮮が棄権しました。

 圧倒的多数の非核国の主張は、やはり核兵器の非人道性です。禁止条約の進展状況に関しては、速いペースで進んでいるというのが条約推進国の考えです。

 米英仏ロ中は連名の声明を出し、禁止条約については支持も署名も批准もしないことを明らかにしています。

 日本決議は、名前はいいけれども内容はないです。一番批判を浴びているのが、「明確な約束」の改竄です。昨年の決議で、「核兵器国がNPT条約を全面的に履行するという明確な約束」という表現に改竄した。これにはさすがに、常識ある外交官から批判が集中しました。私が、この春、ジュネーブのNPT準備委員会に出たときに、高見沢軍縮大使に「これはいくら何でも恥ずかしいんじゃないですか。良識を問われますよ」と言ったら、大使は厳しい批判があったことを認めました。

 この改竄は、アメリカからやれと言われたからです。やはりジュネーブでオーストリアのハイノッチ大使と話し合いをしているとき、彼が「あれは日本の考えではないよ」と言ったので、私が「それはアメリカがやらせたということですか」と聞くと、「僕はそう聞いたけど」という言い方でした。

 やはり日本の姿勢が後退していることに批判が集まっています。日本は核保有国と非核国の両方から見放されているわけですから、「橋渡し」などできない。

 日本決議に対する意見表明でアメリカは、「NPTは不拡散条約だ」と言っています。NPTは核軍縮、不拡散、平和利用の3本柱です。それを「不拡散条約だ」と言うのは、軍縮はやらない、過去の合意は時代遅れとする姿勢だと理解したほうがいいと思います。

 これから2020年に向けて国際政治上の焦点は、禁止条約の署名・批准を促進して、早期発効を達成することです。それから2020年NPT再検討会議と、それに向けた2019年の第3回準備委員会でのせめぎ合いが焦点になると思います。

 国際政治上は、この2つのトラックで押していくということになっていますが、2020年NPTといっても、何か画期的なことが起こるということは多分ありえないと私たちは見ています。

 ですから、ここにやっぱり第3のトラックがどうしても必要です。
 日本原水協が提案しているのは、2020年は被爆75年なので、被爆75年に何か画期的なことを起こすという構えでやりたいと思っています。

 焦点は各国で、いかにその国の政府を禁止条約に署名したり、批准したりする政府に変えるかということです。とくに核保有国と「核の傘」の国でそういう活動が求められています。

 私たちは、やはり草の根から核兵器の非人道性を知らせる運動を爆発的に行うともに、核兵器問題での共同を広げようとしています。私たちは野党共闘の選挙マニフェストに禁止条約を入れるということで話し合いをしています。

 私たちの最重要課題は、日本政府に禁止条約に調印、批准させることです。日本の反核運動としては、やっぱりこれが一番の責任ではないかと思っています。やっぱり日本を変えることができたら、これは地殻変動をもたらす変化をつくることができると思っています。