核持ち込み密約否定は史実の歪曲
――政府は密約を認めて破棄し、「非核三原則」の徹底を |
新原 昭治さん(国際問題研究者・非核の政府を求める会核問題調査専門委員)に聞く |
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外務省は3月9日、日米4密約問題を調査した「有識者委員会」の報告書を公表しました。1960年の安保改定時に日本への核持ち込みを容認したとされる密約は解明されたのか、この報告書をどうみるか、果たして鳩山政権で日本の核政策は変わるのか等について、自ら米解禁文書を入手し核密約問題を調査してきた新原昭治さん(非核政府の会核問題調査専門委員)に話を聞きました。
■国民から真相を隠す
――「報告書」は核密約の真相を解明したのでしょうか。
今回の「報告書」が問題の核密約について明快な結論を下して核心に迫ることができたのかといえば、答えはノーです。
1960年の核密約――核兵器を積んだ艦船、航空機の日本への立ち寄りを認めた密約そのもの――について、英文の秘密の「討論記録」という文書が存在していたことを初めて認めたものの、それをもって「『密約』の証拠と見ることは難しい」と結論づけました。
要するに、問題の日米の秘密文書を、核密約とは認めなかったのです。
多くの新聞の報道から、有識者委員会が核密約を「密約」と断定したではないかと思われる方がおられると思いますが、実はそうでないのです。報告書は持って回った特異な「密約」判定基準にもとづいて??密約ではない?#剔Rたる暗黙の合意といえる状態ができていたと言っているだけです。だが、核密約そのものはなかったというのが、報告書の最終判定です。
要するに、核兵器積載艦船寄港は事前協議の対象外とする米側に、日本は同調せず、事前協議の対象だとの立場に固執し続けたとの状況判断を示すとともに、その「解釈のずれ」を正さないままに事実上、事前協議なしの艦船寄港を黙認してきた。だから、これは「日米両政府の『暗黙の合意』という広義の密約があった」ことになる、と述べているに過ぎないのです。
つまり、どこまでも日米間の核持ち込みに関する合意も密約もなかったという立場を、怪しげな議論で強引に結論づけているに過ぎません。これは、核密約問題を追及してきた私たちがとうてい受け容れることのできない結論です。
報告書の以下の個所は読み飛ばせません。
核兵器を積んだ艦船などの立ち寄りについて、「日米両政府間には、今に至るもこの問題に関する明確な合意がない。安保交渉時に両政府の交渉者がこの問題を詰めることがなく、その後もそのままの状態が続いたからである」。
要するに、日米間に核持ち込みの密約はないと強弁しているのです。それをあたかも密約と認定したかに読ませる、手の込んだ報告書に仕上げたのです。
その仕掛けが、「広義の密約」と称する新分類です。共同通信の3月9日配信の解説は、「密約を全面否定してきた歴代自民党政権と、外務省の体面をあまり損なわない形で、いかに『国家のうそ』に審判を下すか。報告書は『こうした配慮に満ちていた』(外務省幹部)との指摘もある」と報じ、「広義の密約」が「魔法の言葉だった」との関係者の指摘を伝えています。
「合意は拘束する」は国際法の大原則です。60年1月6日に藤山外相とマッカーサー駐日大使がイニシャル(頭文字)署名した秘密の「討論記録」は、当時の一連の米解禁文書から明白な通り、改定日米安保条約を構成する正式の条約文書の1つです。
問題の核密約は、日米両政府間の秘密の取り決めとしてわが国を拘束しているのです。報告書はこの原点にメスを入れることを極力回避しました。
このために報告書は、安保改定交渉における密約問題の経過を、ことさらあいまいにし、きわどい重要な史実を無視しています。
たとえば、58年10月4日に始まった日米安保条約改定交渉について、マッカーサー大使が岸首相、藤山外相らに、核を積んだ艦船の寄港は「事前協議」の対象にならないと説明した「形跡がない」と断定しています。これは事実に反するもので、驚くべき認識です。
私が入手したアメリカの解禁文書、58年10月22日付のマッカーサー大使からマニラのボーレン大使宛ての電報には、「核兵器を積載している米軍艦の日本の領海と港湾への立ち入りの問題は、従来通り続けられ、事前協議の対象にはならない」とするアメリカの国務省と国防総省の共同の訓令にそって、大使が岸らに説明をしたことが報告されています。報告書はこれを頭から無視しました。
さらに見過ごせないのは、58年からの安保条約改定交渉時に外務官僚トップであった山田久就外務事務次官が退官後、国際政治学者の原彬久さんに語った重要証言、すなわち「核兵器を積んだ艦船の寄港は事前協議の対象になる」とした1960年安保国会での政府閣僚答弁は「野党の追及を恐れるとりつくろいにすぎなかった」との証言を、故意に無視したことです。原さんが有識者委員会にその証言テープを提供したにもかかわらず、同委員会はこれを無視してしまいました。勝手な結論を出す上で不都合だと思ったからでしょう。
報告書は、このようにして、安保条約成立時の核密約成立の真実を故意に歪めました。自民党政権時代とは少し違ったやり方ですが、引き続き国民の目から日米軍事同盟のもとでの核持ち込み体制の真実を手の込んだやり方で隠蔽したのです。ここに報告書の最大のポイントがあります。
■不誠実な政府の姿勢
――この報告書を受けての鳩山政権の対応をどう見ますか。
岡田外相は9日の記者会見で、日本への核持ち込みの疑いを完全に払拭することはできないとは言いましたが、それを突き詰めようとする態度ではありません。わが国への核持ち込みの証拠は数多くあがっていますが、それを調べようとしていないのです。不誠実な姿勢です。
今後の対応についても問題があります。鳩山首相は「非核3原則を堅持する」とは言います。ところがその一方で、岡田外相は「1991年にアメリカ大統領が海外への核兵器配備をやめたから、それ以後は『核をもちこませず』が脅かされることはない」と述べるなど、現実のアメリカの海外核兵器配備政策の生々しい展開――たとえば、米海軍自身も認めている攻撃型原子力潜水艦への核弾頭付き巡航ミサイル「トマホーク」をいつでも必要な時に配備できるようにしている現態勢――を、ないもののように扱っています。
日本に年間延べ50〜60回も寄港する攻撃型原子力潜水艦の中の特定の艦は、米軍が必要と判断した場合、核弾頭つき巡航ミサイル・トマホークを積載する態勢をとり続けています。米空軍機も、有事には米本土から核攻撃のできる戦闘爆撃機などをわが国に緊急飛来させることが、米国のいまの公式政策です。
しかし、これらの現実を無視しているのです。核密約の存在を認知せず、うやむやにした上、いまも続く米核持ち込み政策の現実を見て見ぬふりしている鳩山内閣のもとでは、「非核3原則堅持」は言葉だけにとどまり、非核政策は守れるわけがありません。
■核兵器廃絶運動と結んで
――「持ち込ませず」を守る運動はますます大事ですね。
核持ち込みは核兵器使用政策の準備行動です。核兵器をわざわざアジアに持ってくるのは、核使用政策の一環にほかなりません。「核持ち込みを許さない」「非核3原則を守れ」の運動は、引き続き切実な運動です。
今年は非核「神戸方式」の35周年になります。非核「神戸方式」が優れているのは、アメリカの「核兵器の存在を否定も肯定もしない(NCND)政策」という、核持ち込みのための故意の情報隠蔽政策を、非核政策実現の住民の強い願いと主権意識を背景に打ち破ったことにあります。神戸市は、港に入ってくる軍艦に前もって核兵器が積まれているかどうかの積み荷証明書を出させ、積まれていれば寄港させないとの態度をこの35年間徹底してきました。これがニュージーランドにも波及したのです。
この非核港湾運動はいま、鳩山内閣が核持ち込み問題を故意に曖昧にしているもとで、いっそう輝きを増しています。
核密約の徹底糾明よりも安保条約=日米軍事同盟堅持の政策を優先させ、故意に核密約をあいまいにする政治的作為で問題の幕引きをはかる鳩山内閣に対して、核密約の真相の徹底解明とアメリカへの核密約の破棄通告を求め、「非核3原則」の厳守・徹底を要求していくことが、たいへん重要になっています。
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