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 ●国連・世界の動き
 
地域核戦争であっても被害は人類全体に
――新たな「核の冬」研究論文が示すもの
増田 善信 (気象学者・常任世話人)

 最近、アメリカで「核の冬」問題の新たな研究論文「核戦争の環境への影響」が発表され、注目を集めています。1980年代に核戦争による気候変動について調査・研究を行った気象研究者の増田善信さんに、同論文の特徴について聞きました。

■「核の冬」新モデル

 論文「核戦争の環境への影響」の筆者(3人)のうち、トゥーン、ターコの2氏は、1983年に『サイエンス』に「核の冬」論文を発表したグループのメンバーです。
 「核の冬」研究は、核戦争による大火災で大量のススが発生し、気候変化が起こり、地球の温度が急速に低下して氷河期のような状態をもたらすとの予測を明らかにして、世界中にセンセーションを巻き起こしました。
 当時の核兵器状況は、米国と旧ソ連などの核軍拡競争のもとで、世界の核兵器数は6、7万発に達し、核戦争の危険が危惧される状況でした。「核の冬」研究は、こうした状況に一石を投じ、米ソ戦略核兵器削減条約(START)実現を後押しする役割を果たしたと思います。
 「核の冬」モデルは、当時と比べると著しく発展しています。今回のモデルは、近年の気候変化や火山噴火の研究、タイタン(木星の衛星)の周りの大気の熱構造や火星の砂嵐の間の熱構造などの研究で広く使われているものです。
 その最大の特徴は、80年代の「核の冬」モデルが米ソの全面核戦争を前提にしていたのに対し、最新のモデルを使った今回の分析は、広島型原爆100個を用いた地域核戦争──インド・パキスタン戦争のような地域戦争であっても、気候変化が地球規模で起こり、人類全体が深刻な影響を被るとの予測を打ち出したことです。まして米ロがモスクワ条約(SORT)で決めた規模の2200〜1700発の核弾頭を撃ち合うと、数億人の死傷者を出し、農業も破壊され、人類にとって取り返しのつかないことになる可能性があることが示されています。
 結論的に言うと、これまでの「核の冬」の被害予測は過小評価だった──ここが一番言いたいところだと思います。
 同論文が解明を試みた主な内容を次に紹介します。

■死傷者、スス量予測

 まず、核戦争による死傷者数とススの量です。
 インド・パキスタン戦争のような地域紛争の場合、15キロトンの核兵器50発で数カ国が攻撃されたと想定すると、4400万人が死傷し、ススは6・6兆グラム出るとしています。
 100キロトンの核弾頭を使うSORT規模の場合ではどうか。まずロシアがアメリカを1000発で、フランス、ドイツ、インド、日本、パキスタン、イギリスをそれぞれ200発で攻撃する。次に米国が中国とロシアをそれぞれ1100発の核弾頭で攻撃するという仮定です。7億7000万人の死傷者が生まれ、180兆グラムのススが出ると予想しています。

■気温変化、農業破壊

 次に気温の変化です。インド・パキスタン戦争のケースより少ない5兆グラムのススが出る場合は、温度が約1・5度下がるとしています。1816年は“夏のない年”と言われて、テームス川が凍って、その上で市民がダンスをしている絵がありますが、それと同じか、それ以上の寒冷化が起こると言うのです。地域戦争規模のススでもそれぐらいの変化が起こる。
 SORT規模の核戦争の場合だと、180兆グラムのススが出て、マイナス8度くらいになる。氷河期の平均値がマイナス5度でしたから、それをはるかに超える状態が起こるだろうということです。
 新しい計算では、ススはずっと高いところまで昇ることがわかっていて、ススが元の状態に戻るのに、1980年代の仮定では1年ぐらいとされていましたが、新しいモデルでは5年はかかるとみています。その結果、気候変化がより顕著になるのです。
 農業は生育期間の長さ、気温、日照量、降水量その他の要素に依存しています。寒冷化して次に温かくなるまでに生育期間の何倍くらいかかるかの調査もされていて、インド・パキスタン戦争のケースでは、温度が下がって農業ができなくなるような事態が10シーズンぐらい続き、SORTのケースだと70シーズンにもなると言います。そういう点では氷河期の状況が出てくる可能性があり、大変な影響が出ます。

■オゾン層の破壊

 もう一つは、オゾン層の破壊です。ススがオゾン層に注入されると、成層圏の温度が上がり、成層圏の循環が変わってオゾン層が破壊されます。
 地域戦争によって5兆グラムのススが成層圏に入ると、成層圏の温度は4年後でも30度まで上昇し、地面付近では逆に温度が下がります。その温度と循環の異常によって、オゾン総量は5年もの間地球全体で20%も減少し、その後さらに実質的な減少が5年間は続くとしています。
 1980年代の計算では、これほど厳しい効果は考えられていませんでした。当時は大規模核兵器の火球による二酸化窒素の放出に焦点が当てられていたのですが、今は二酸化窒素の影響を考えなくても、詳細なオゾン破壊のメカニズムを説明するために必要な、複雑な大気の化学的な計算ができるようになったのです。

■「核兵器は人類と共存できない」の合意を

 ゴルバチョフ・元ソ連大統領は2000年世界フォーラムで、「核の冬は地球上のすべての生命を完全に破壊する。いまこそ行動するときだ」と語りました。ゴア・元米副大統領もノーベル賞受賞演説で「20年前、科学者は核の冬を計算した。これが核軍備競争を止めるという世界の動きを勇気づけてくれるだろう」と述べています。
 核兵器の数を、80年代半ばの7万発から2万6000発へと減らしたことは、世界の反核運動の重要な成果です。しかし、今回の論文は、現在の核兵器数でも、核戦争になれば、報復戦による軍事的な直接被害だけでなく、それがもたらす重大な気候変化によって、人類が深刻な影響を免れえないことを示しています。地球規模の気候変化、農業破壊が、南半球の非戦闘国にも劇的な被害を与えるとの指摘も重大です。
 いま、「核兵器のない世界」を求める声が、核保有国支配層のなかからも相次ぎ出されています。そういう変化を真に核兵器廃絶の流れに合流させていくためにも、被爆の原点に立ち、「核兵器は人類と共存しえない」の声を日本からさらに強く発信しなければと思います。