| 人類生き残りの処方箋 |
| モハメド・エルバラダイ(IAEA事務局長) |
|
冷戦の終了以降ほとんど浪費されてしまったおよそ20年の歳月をへて、核軍備撤廃がふたたび国際社会の課題として大きく取り上げられつつある。
アメリカのオバマ大統領は、核不拡散条約の下の法的なコミットメントである核兵器のない世界を探求すると公約し、さらに、その最初の1歩としてロシアとの間でさらなる核兵器削減を取り決めるとも公約している。アメリカとロシアは両国を合わせると世界の核兵器の95%を保有している。
多くの元政府高官たちが核兵器の全面廃棄をそろって要求している。軍備管理がアメリカの優先課題でなかった8年間のあと、ようやく霧が晴れた。いまや、問題はこの新たな熱意が掛け声倒れに終らないないように、どうやって保証するかである。
この心境の変化を促した動機は理想主義ばかりではない。核兵器の使用されるリスクが著しく増加しているとの地道な認識もそれに与っている。
次の核兵器使用の罪人はひょっとするとテロリスト集団かも知れない。これまで核のハルマゲドンを回避するのを助けてきた抑止の概念はかれらにとって無関係なのである。
核不拡散体制は崩壊し始めている。少数の先進国の領域と考えられてきたセンシティブな技術が他の諸国によって驚くほど容易に入手されている。核兵器保有は、イラクや北朝鮮が実証しているように、威信をもたらし、攻撃にたいする保険となるといまなお見なされている。
およそ2万7000基の核弾頭を保有する核兵器国は、それぞれの核軍備を近代化することでこのメッセージを補強している。さらに悪いことに、ウラン濃縮をマスターした国ならば、決断したのち数ヵ月あれば、核爆弾を手に入れることができる。
幸運なことに、いまや、何をなしうるか、また何をなすべきかについて、コンセンサスが生まれつつある。
――包括的核実験禁止条約を発効させ、新たな核兵器の開発を禁止する。
――核兵器むけ物質の生産を禁止する検証可能な分裂性物質カットオフ条約に関する交渉を開始する。
――アメリカとロシアの核弾頭を大幅に、かつ検証可能な方途により削減する条項を含む、今年失効する米露間戦略兵器削減条約の後継条約を取り決める。その当初の目標として、それぞれの核弾頭を1000基、場合によっては500基にまで削減することもありえよう。
――核攻撃の警告時間を延長する。冷戦時代の狂気の遺物として、アメリカとロシアの指導者たちは、コンピュータ・エラーもしくは無許可の使用の結果かもしれない核攻撃に対応するために、せいぜい30分の時間的余裕しか持っていないかもしれない。
――ウラン濃縮およびプルトニウム再処理のすべての施設を国際管理のもとにおくメカニズムを開発する。これは、原子力平和利用のための燃料を確実に供給し、かつ、核兵器製造のため必要とされる物質へのアクセスを防止するであろう。
――国際原子力機関にたいして、核軍備縮小撤廃過程を確実に検証するため、および、非核兵器国が原子力をもっぱら平和目的に利用することを保証するために、十分な法的権限、技術的能力および資源を供与する。
――核物質の物理的安全を根本的に改善する。
オバマ政権による最近の一連の意見表明はこれらの措置のいくつかが早急に採用されるかもしれないとの希望を与えてくれる。しかし、永続的な安全保障を達成するためには、この数十年来、世界を悩ませてきた不安定状況の根深い原因に同時に取り組まねばならない。
1.貧困と不平等。一方での貧困、抑圧と不公正、他方での過激主義と暴力の間の結びつきはだれの目にも明らかである。われわれは、すべての人命を等しく尊重することを学ばねばならない。先進国は、自国の市民の生命が危険に曝されたとき素早く反応するにもかかわらず、世界の貧困な人びとの生命についてはあまり意に介さないとの印象を与える。
2.長期紛争。世界の中で最も危険な、手に負えない紛争の場である中東はパレスチナ問題が解決されるまで、けっして平和にならないであろう。問題を複雑にしているのは、核不拡散体制がアラブ側の目から見て正当性を失っているからである。アラブ側は、中東地域で唯一のNPT外の国であり、核兵器保有が知られているイスラエルについて、2重基準が適用されていると見ているのである。
イラクとリビアは中東において核兵器入手の誘惑にかられる最後の国になりそうもない。中東地域における現在および将来の核計画をめぐる不安は、この地域において永続的な平和が達成され、すべての核兵器が地域の安全保障構造の1部として廃棄されるまで、残ることであろう。イランとの間でなんらの前提条件なしに、相互尊重の原則にもとづいて直接、外交を行ない、一括解決をはかるとするオバマ政権の誓約はまさに長年の懸案であった。
3.国際諸機関の脆弱性。世界が直面するもっとも緊急な脅威──大量破壊兵器、テロ、地球規模の金融危機、気候変動など──は地球的協調行動を通じてのみ対処可能である。
そのためには、われわれは多国間機関を必要とする。われわれは、国連に対する各国政府の態度をこれまであまりにもしばしば特徴づけてきたシニシズムを克服しなければならない。国連およびその関連諸機関は十分な権限と資金を与えられ、そしてビジョン、勇気、信頼性をもつ指導者の管理下に置かれねばならない。
とりわけ、われわれは、イラクにおいて、また最近、ガザにおいて見られた市民大虐殺の再現を回避するため、たとえば武力の一方的な行使の制限、自衛における釣り合い、武力紛争における市民の保護などの国際法の中心的な諸原則の目に余る侵犯を停止する必要がある。
これらの課題への説得力のある対応は新たな安全保障システムを必要とする。国連安全保障理事会は、しばしば麻痺状態に陥っており、また頻繁な不一致による権威の低下をみているだけに、1945年当時の世界でなく、まさに今日の世界を反映するべく改革されねばならない。安全保障理事会は、コンゴ、ルワンダ、ダルフールなどの地域における数百万の無辜の民の虐殺を防止するため、強固かつ明確な平和維持能力を持つべきである。安全保障理事会は、紛争の防止と解決について体系的に関与すべきであって、紛争の単なる兆候ばかりでなくその根本原因に対処すべきである。
核軍備撤廃はわれわれの生き残りそのもののカギである。われわれは、いま、すべての人びとの頭上に垂れ下がっているダモクレスの核の剣を廃絶することによって、より正気な、より安全な世界を創造する新たなチャンスに恵まれている。この機会を逸してはならない。
註:筆者のモハメド・エルバラダイは国際原子力機関の事務局長である。原題:A recipe for survival。 (「インターナショナル・ヘラルド・トリビューン」2009年2月16日付)
|
| |
|