非核の政府を求める会・2022年新春シンポジウム
いま、被爆国政府のとるべき道
(2022.1.10)
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| 非核の政府を求める会は1月10日、シンポジウム「核禁条約発効から1年――NPT再検討会議、TPNW締約国会議へ いま、被爆国政府のとるべき道」を東京都内で開きオンラインで交流しました。次にパネリスト5氏の報告(要旨)を紹介します。司会は野口邦和常任世話人・元日本大学准教授。(文責・事務室) |
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[主催者あいさつ]
駒場 忠親(常任世話人・元自治労連中央執行委員長) |
主催者を代表してあいさつを行います。
核兵器禁止条約が昨年1月に発効し、この間、国際社会でも国内でも大きな変化が生まれています。昨年、米国1400余の都市で構成する全米市長会議が、条約発効を歓迎し、米政府に核廃絶のための即時行動を求める決議を採択しました。そしてNATO(北大西洋条約機構)加盟国のノルウエーとドイツは禁止条約締約国会合にオブザーバーで参加すると公表しています。
日本でも、政府に条約参加を求める自治体決議が、626自治体で決議されています。昨年9月には、市民連合・野党共闘の共通政策に「核兵器禁止条約の批准を目指」すことが明記されました。
思い起こしてください。核兵器禁止条約は核兵器の使用に加え「使用による威嚇」を禁止して、「核の傘」の安全保障政策を違法化したのでした。
さて、シンポジウムのメインテーマは「いま、被爆国政府のとるべき道」となっています。昨秋、広島出身を名乗る岸田氏の政権が生まれました。しかし日本の核政策、核禁条約への態度は見るも無残です。核抑止力の維持・強化を図る姿勢は被爆国政府の責務に反します。
そこでシンポジウムでは、3月の核兵器禁止条約の締約国会議、8月に延期されたNPT再検討会議を前に、核兵器をめぐる世界の新たな変化、被爆国日本の課題などについて論議し、「禁止条約に参加する政府」「非核の政府」実現の展望を深めることができれば、と思います。
非核の政府を求める会の1986年の結成総会で、呼びかけ人であった故渡辺洋三先生は「核兵器廃絶は、平和的生存権、平和主義条項を持つ日本の憲法構造の原点を活かすたたかい」だと述べました。その前年に、日本被団協が行った「原爆被害者調査」の軸には「原爆は人間として死ぬことも、人間として生きることも許さなかった」と、被爆者の憤りが据えられていました。
「禁止条約に参加する政府」「非核の日本」は、平和に生きる権利や人間の尊厳を擁護する基本理念を生かすたたかいを通じて実現していくのではないでしょうか。いまそのたたかいが着実に歴史を動かしていることに確信を持ちつつあいさつを終わります。
【パネリストの報告】
核抑止による安全保障から核なき世界の安全保障へ転換を
土田 弥生(原水爆禁止日本協議会事務局次長)
私は、核兵器禁止条約をめぐる国際関係の動きや、私たちの取り組みについて報告します。
核保有国は禁止・廃絶の行動を
皆さんにお配りしている日本原水協の「第10回NPT再検討会議開催にあたっての声明」は、NPT(核不拡散条約)会合のNGO(非政府組織)セッションで発言する予定になっていたものです。核保有国に対して、核兵器禁止・廃絶にかかわるNPTのすべての合意の再確認と履行を求めました。それとともに、核兵器禁止条約をすべてのNPT締約国が支持することを要求しました。核兵器禁止条約はNPTの中から生まれた一つの枠組みです。これを支持するか、2010年の合意に沿って特別な努力を開始するよう求めました。再検討会議は延期されましたが、世界のNGOは「核保有国は約束を守れ。合意を実行せよ」という声が高まっています。
1月3日にP5(米英仏ロ中の核保有国5ヵ国)の「共同声明」が出されました。世界の批判の高まりに押されて準備した声明だと考えています。
「声明」は核戦争はしない≠ニ言いますが、それなら今すぐ米中対立、米朝対立を終わらせるべきです。NPT6条にふれてはいますが、核兵器をなくすとは言っていません。
核兵器禁止条約を力に世界は動く
私たちはこの間、核兵器禁止条約を力に運動を行ってきました。昨年の原水爆禁止世界大会でオーストリアのクメント大使は、禁止条約は「劇的な変化」をもたらしていると発言しています。核兵器禁止条約というのは、核抑止による安全保障から核兵器のない世界の安全保障への転換を提起しています。
変化の一つは、核抑止力論に疑問が提示されていることです。一握りの国が持つ核兵器によって、全人類がいつ起こるかわからない絶滅の脅威に常時晒されているのは正しくない、こういう考え方が広がっているということです。そして、この禁止条約が、122ヵ国の賛成を得て採択され、59ヵ国が批准し、国連総会で「核兵器禁止条約」決議が128ヵ国の賛成で採択されたことを見ても、世界の圧倒的多数の流れになっているということです。
国民レベルでも、核保有国や日本など「核の傘」の国の世論調査で70〜80%の人々が「自国政府は禁止条約へ参加するべき」だということを支持しています。
そして私たちが励まされているのは、NATO加盟国のノルウェーやドイツが第1回締約国会議にオブザーバー参加することを明らかにしたことです。
日本でも昨年の総選挙で、歴史的なことが起こりました。市民と野党の共闘で政権交代を掲げて共通政策を打ち出しました。その中に「禁止条約の批准をめざし、締約国会議へのオブザーバー参加に向け努力する」ことが入りました。
共同通信によると、バイデン米政権が日本にオブザーバー参加しないでくれと正式に要請していたということです。やはり核保有国は追い詰められています。
結局、日本政府は核政策も安全保障政策もその基軸は核抑止力です。禁止条約に反対して、国連総会に提案した日本決議でも禁止条約には一切ふれていない。NPTでも核廃絶の行動を核保有国には迫っていません。私たちが外務省交渉で感じるのは、日本政府は世界の物事がこれほど進んでも、アメリカの「核の傘」=抑止力以外考えられないということです。
日本と世界を動かすのは世論と運動
日本と世界を動かすのは世論と運動です。各国で禁止条約に参加する政府を作る、各国の安全保障政策を転換させる、こういう運動が一番大事です。
そのために、「日本政府に禁止条約への署名・批准を求める署名」を飛躍的に進める決意です。それとともに、「禁止条約への参加」という一致点で、幅広い共同を進めたいと考えています。今年は参議院選挙もあります。また、この問題を政治の議題にするために奮闘したいと思います。
まもなく3・1ビキニデーが開催されます。日本政府へ禁止条約参加を求める市民社会の共同を広げたい。もう一つ、日本の原爆被害、ビキニ被災、マーシャルの核被害について3・1ビキニデーでまとめ、禁止条約締約国会議に提出したいと考えています。
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今日の核軍事同盟の危険と核抑止力論の欺瞞
高原 孝生(明治学院大学国際学部教授)
私のタイトルは「今日の核軍事同盟の危険と核抑止力論の欺瞞」です。私がまず、申し上げたいことは、多くの方たち、とくに核兵器国の国民は、私たちが享受している平和は核兵器によって守られていると思っていますが、これは幻想だということです。
もう一点は、核兵器は防御不可能であるということです。それが核兵器の端的な性格として、第2次世界大戦の直後から認識されてきました。本質的に攻撃的な面があるのです。必然的に国際政治を不安定化させるものだと認識し直すべきです。規制をかけて、どうしても廃絶する必要があります。
「核軍事同盟」は過去からの束縛
「日米同盟」という言い方は、実は二十数年前にはありえなかったことです。「同盟」とは、そもそも19世紀の古い国際政治の概念です。100年前、第1次世界大戦が起きました。当時、ヨーロッパの人たちは、予想しなかった甚大な被害を出し、長期に及ぶ戦争に文明的なショックを受けました。
ではこの戦争の原因は何だったのか。軍備競争で、その軍備競争は何にもとづいているかというと、「同盟」の固定化である。そのような反省が当時なされたのです。それで国際連盟ができた。戦争を違法化していく。戦争を前提としていた国際システムを転換しなくてはいけないという自覚を、当時のリーダーは持ったのです。
しかしそれは全面的に展開できず、第2次世界大戦が起きてしまいます。この2つの大戦を経て、世界史が新しい段階に進まなくてはいけないという問題意識になり、「国際連合憲章」ができました。いわば国際社会の憲法で、戦争は違法化されています。
そういう世界に我々は入っているのに、「日米同盟」という言い方で今の国際社会を認識する。これを深化させることが日本外交の基軸であるという言い方が常識化されている。これは非常に危ないと思います。
政府の「同盟」の特徴は、固定化していることです。固定化したときに戦争が起きていた。第1次大戦のときは、「三国同盟対三国協商」という形で武力衝突に至った。そして核大国の下での「同盟」で支配的な位置を占めるのは核大国です。そういう非常に階層的な構造が戦後の国際政治に植えつけられてしまった。それは「米ソ冷戦」を背景にしていました。その「冷戦」下で「核の傘」という言われ方がされ、そして「同盟」に参加する諸国は核大国の核戦略に組み込まれていく。NATO(北大西洋条約機構)諸国がその典型で、「核シェアリング」ということさえ進んできました。
今の懸念は、「日米同盟」と言い続けると、我々もNATOの轍を踏むことになるのではないかということです。
核戦略と核戦力の乖離
核戦略と核戦力の乖離≠ニいうことも、お話ししたいポイントの一つです。実際、核戦力をどう展開するか、そしてどういうことが準備されているかということは、「核戦略」の言葉では覆い隠されることが多いのです。それこそ今回の日豪協定も、日本語では「円滑化協定」と訳されています。いやいや、これは軍の地位協定なんです。
この核戦略態勢は、「抑止」という、あまり刺激的でない言葉で形容されています。しかしこれは、実は非常に攻撃的な態勢を意味しています。「核抑止」というのは、核をいつでも発射できる、核を使うぞという態勢で、これは使われる側からすると、非常に攻撃的な態勢を意味します。
その「抑止」は信頼性を保つために常に核使用の準備を整えていなければいけないということになります。要するに、相手を信頼していないことを明らかにしている攻撃的な核武装のあり方を「抑止」と呼び、その「抑止」態勢を維持することを「信頼性」を確保しているのだと言う。そこでは実に倒錯した言葉の使い方がなされているわけです。
そうしますと、そういう攻撃的な態勢を維持するということは、何を招くか。軍拡競争です。
お伝えしたかったことは、「核抑止」という言葉にもとづいて核兵器を維持していくことは、ほかの国を脅かしているという自国の攻撃性について、国民を鈍感にすることです。
「核は必要悪」と言われることがありますが、悪であるならなくさなければいけないわけです。ところが、その悪に依存することが「君たちの平和を守っている」というわけですから、その社会の健全性が問われるわけです。そして、その「神話」からの解放という、そもそもの学問の意味、あり方が問われています。
核兵器禁止条約は画期的
最後に言いたいのは、核兵器禁止条約の画期性です。私は、これは「人道的アプローチ」による軍縮であるということを押さえることが大事だと思っています。軍事力というのは、国際政治においては権力要素です。相手の権力要素をどうやって減らすかということでなかなか合意できないわけです。そうでない発想、つまり被害者の立場から核兵器について条約を作る。これは画期的なことです。
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岸田首相の核廃絶論を検証する
大久保 賢一(日本反核法律家協会会長)
岸田文雄首相は核兵器廃絶はライフワークだと言っています。けれども、核兵器禁止条約に反対しています。日本は「核の傘」に依存するからという話です。「核抑止」論にしがみついているからです。私は、それでいいのかという話をしたいと思います。
岸田首相の情勢認識
岸田さんは核兵器をめぐる現在の国際情勢をどう認識しているか。彼は言います。「使える核」に手を伸ばした人類/人類は再び悪魔の業火に手を伸ばしかねない…。そして、「核廃絶」という松明の火が弱くなっている今、私は迷うことなく、その松明を「この手にしっかり引き継ぎたい」…。これは我々が使っても通用するようなせりふです。
では岸田さんは何をやろうとしているのか。彼は5つの柱からなる「岸田イニシアチブ」を主張していますが、具体的なのは「日米核同盟」の強化だけです。そして「イニシアチブ」では核兵器禁止条約にふれていません。
核兵器禁止条約に反対
岸田首相は核兵器禁止条約に反対しています。なぜなのか。彼の言い分はこうです。難問に向き合うとき「リアリズム」を忘れないようにしている/核廃絶は人類にとって未来永劫、不可能な夢物語なのかどうか、その答えはまだわからない。しかし、私は、「その果てしなき夢」をあきらめてはいない/核兵器廃絶は地球温暖化やパンデミックなどと並び人類共通の懸念事項で、米国や日本だけで解決できる課題ではない――。
でも、ほんとうにそうなのか。彼の議論は結局、「核なき世界」実現を喫緊の課題ではなくしてしまっている。コロナ・パンデミックと違い、核兵器は人間が造ったものだから人間がなくすことはできるわけです。岸田さんのものの言い様というのは、私には、核廃絶の困難さをいたずらに大きく見せかけているだけではないかと思えてなりません。
そして、本音のところで彼は言います。北朝鮮に対しては持っている核を全部捨てろ≠ニ言い、中国に対しては「前門の龍」、ロシアに対しては「後門の虎」だと言う。要するに、核兵器に執着しているのは日本やアメリカも同じことです。
「核持って絶滅危惧種仲間入り」
そうすると、私は、岸田さんは「リアリスト」ではなくて、デタラメしか言わない人なのだろうと思います。彼はなぜそんなふうに言うかというと、「核の傘」に依存しているからです。「核の傘」に依存して、核持って絶滅危惧種仲間入り≠やろうとしていると思えてなりません。
「核抑止」というのは、「平和を望むならば核兵器に依存せよ」という思想です。要するに、核兵器によって相手が敵対行動に出れば大きな損失を被ることを予測させて、攻撃を思いとどまらせる、戦争を避けることが核兵器の役割だ――こういう言い方をしているわけです。
私はこれはデタラメだと思っています。1980年に国連事務総長が国連総会に報告した「核兵器の包括的研究」は、核抑止力論は「最も危険な集団的誤謬」だとしています。
岸田さんの議論の中で、決定的に欠けていることは、「核抑止」が破れた場合、悪魔の業火≠ェヒロシマ・ナガサキと同じようなに人々を襲うということです。もし岸田さんが被爆地の広島を知っていると言うのなら、いかなる理由があっても核兵器の使用を避けなければいけないが、けれども彼はそうは言っていない。
岸田首相の憲法観
岸田首相の憲法観に話を進めます。岸田さんは、自分のことをハト派、安倍さんのことをタカ派と言ってきましたが、今は、安倍さんも「自衛隊の明記」が重点であり、「平和主義」の放棄を考えていないので「許容範囲」≠セと言っている。いったいどこが違うのか。
結局、岸田首相に核兵器廃絶を期待することは幻想です。それから、岸田首相を護憲とする主張は危険です。岸田さんのように甘い言葉を振りまきながら改憲を推進する政治姿勢は、安倍さんよりむしろ危険なのではないかと、私は思っています。
いま、沖縄を中心に日本が、台湾、南シナ海をめぐる中国とアメリカの熱い戦いの最前線になろうとしている。こういう中で「敵基地攻撃能力保有論」が言われている。日本を取り巻く安全保障環境に大きな変化があるとして、大新聞までもが戦争の準備をしていることを、私たちは忘れてはいけない。改憲は絶対に阻止しなければいけないと思います。
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「人」として核兵器に向き合う―TPNWを私たち学生はどうとらえ、伝えるか
徳田 悠希(「KNOW NUKES TOKYO」PM・上智大学生)
私は上智大学の2年生で、きょう「成人の日」だったのですが、このような機会をいただきましたので、報告させていただきたいと思います。
核が存在する世界に生きる当事者
「KNOW NUKES TOKYO」というのは、核兵器廃絶に向けて自分の役割を模索する空間として、昨年5月に設立された団体です。議員との面会とか、イベントの企画・運営、そして被爆者の方とお話しする場をつくるというような活動をしています。
私たち、若者世代がなぜ核兵器の問題に向き合って行動しているのかというと、「核が存在する世界に生きる当事者である」という意識を強く持っていることにあります。核兵器がもし使われたら自分たちも被害者になりうる当事者だし、「核抑止」を肯定し続けて核兵器が使われてしまったら、核兵器を黙認した加害者にもなりうるという思いを持っています。私たちはそういう未来に生きたくないし、何もしなかったと後悔したくないと思って活動しています。
核兵器禁止条約への参加を求める国民世論は71%ととても高い。でも「議員ウォッチ」というサイトによると、国会議員の34%しか核兵器禁止条約に賛同していません。「国会議員と国民世論となぜ40%近い乖離が生まれているのか」とずっと疑問に思っていました。そういった経緯から、「議員面会プロジェクト」を始めました。
「議員面会プロジェクト」の目的
「議員面会プロジェクト」の目的は▽議員の核問題への意識を高める▽議員に意思表示を求める▽核廃絶に向けて議員たちを具体的に動かしていくことです。核兵器禁止条約締約国会議に日本はせめてオブザーバー参加するべきだという意思を持つ議員を増やしていきたい思いがあります。
私たちが面会という形でアプローチするのは、やっぱり国会議員という最終的に政策を決定する立場にあり、核の現実を知る人が意思表示をする必要があると感じているからです。
議員面会でとくに力を入れている質問は、「どのような条件の下なら、日本は禁止条約に署名・批准できるか。その障壁は何か」ということです。きょうまでに6人の議員さんと1事務所、外務省の担当者の方とも面会をしてきました。
議員面会を重ねてきて、「私たちには変える力がある」と実感しています。
核兵器禁止条約をどうとらえるようになったか
これまで活動してきて、私が核兵器禁止条約をどうとらえるようになったかというと、「伝える」ことと「育てる」ことの2つの点からとらえるようになってきたと思っています。
「伝える」こととして、私の所属大学の上智大学で核兵器の研究に関する映画の上映会をしたとき、核兵器の被害は過去のものではなくて、今も起こりうるものだということを伝える場をつくったのです。私たち学生とか若い世代だからこそできる伝え方をしていく必要があると思いました。
「育てる」というのは、禁止条約というのは、私たちが育てて、遵守されるように守っていかなければいけない。面会でいろんな意見をぶつけ合うことで、育てていく段階の一端を担えているのではないかと思っています。
被爆の「記憶」と「現在・未来」をつなぐ
最後に、私がこういう核兵器の問題にかかわるようになったきっかけについて話します。
私自身は、生まれも育ちも東京です。中学3年生の修学旅行で広島を訪問して、被爆者の方のお話を聞いたことが私の今の活動の原点、原動力になっています。被爆者の下畠準三さんが絞り出すように被爆体験をお話しされて胸を打たれました。
その話を聞いて、これは何か形にしていかなければ下畠さんの思いを受け取れなかったことと同じなのではないかという思いがとても強くなって、昨年、「KNOW NUKES TOKYO」が設立され、活動の基盤ができました。
昨年の8月と11月に広島を訪問しました。そこでたくさんの被爆者の方と出会ったり、反核運動を牽引されてきた方ともいっしょに時間を過ごす中で、「私たちが声を上げていくことで変化が生まれる」と実感しました。そういった視点を私たち若い世代の人たちにもっと広げていかなければいけないと思いを新たにしています。
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人類的課題と日本の進路―新しい政治拓く国民的共同いまこそ
笠井 亮(常任世話人・日本共産党衆議院議員)
きょうは3つの課題で報告いたします。
人類的課題に挑戦する世界、背を向け逆走する岸田政権
まず、昨年から今年にかけての世界の大きな流れを見ても、やはり人類的課題に挑戦する世界、それに背を向け、逆走する岸田政権≠ニいう姿が浮き彫りになっています。
昨年11月、COP26(国連気候変動枠組条約第26回締約国会議)が開かれ、「残された時間はもうわずか」という切迫感をもって、社会システムの転換を図るという、世界の流れが明らかになりました。ところが岸田首相は、低い目標を掲げ、石炭火力を温存・輸出する。そして原発優先で再エネを抑制する。
また、核兵器禁止条約(TPNW)が発効からまもなく1年となり、条約を支持する流れは大きく前進しています。3月の締約国会議では、核兵器の非人道性と被害者救済ということが大きな焦点になります。
追い詰められる核保有5ヵ国
そういう状況の中で、核保有5ヵ国が追い詰められています。そのことは、彼らが1月3日に出した「共同声明」にも示されています。NPT(核不拡散条約)第6条にもとづく義務を果たすと言いながら、核固執の態度は変えない。「共同声明」で「核戦争はけっして戦ってはならない」というのであれば、核兵器禁止に踏み出すべきだし、そのことを求めることこそ、唯一の戦争被爆国の政府の責務ではないかと思います。
「広島出身」の岸田首相が核固執
ところが、「広島出身」の岸田首相は、TPNWに背を向けて核固執を続けている。バイデン米政権が「NPR」(核態勢見直し)で検討しているとされる「核先制不使用宣言」についても妨害する役割を果たしています。
「黒い雨」問題でも、昨年、広島高裁が「原告全員に原爆手帳の交付を認め、特定疾病の発症なくても放射能による健康被害が否定できなければ被爆者」だとする判決を出し、政府も認めておきながら、11疾病要件を付けて新たな分断を生み、長崎の被害者は対象外にしようとしています。
「核の傘」にいつまで頼り続けるのか
二つ目の柱は「核抑止」についてです。いざというとき核を使う「核の傘」にいつまで頼り続けるのか。
「わが国を取り巻く安全保障環境の悪化」「核抑止力を含む米国の拡大抑止が不可欠」というのが日本政府の立場ですが、では、いざというとき使うということになって、広島・長崎の惨禍を繰り返させるのかということになります。
そういう中で米中の覇権争いということが問題になっています。中国による東シナ海、南シナ海などの覇権主義の行動には、やはり国連憲章と国際法にもとづく冷静な外交的批判こそ必要です。軍事対軍事の悪循環では、そこに核兵器があるわけですから、まさに破局の道になります。
偶発的な衝突から紛争や戦争を引き起こしてはならない
偶発的な衝突から紛争や戦争を引き起こしてはならない。ここは肝に銘じなければと思います。
岸田政権は敵基地攻撃能力保有を検討すると言って大問題になっています。これは憲法にも国連憲章にも反する先制攻撃です。
この敵基地攻撃能力というのは何か。政府は、「相手国の領域に乗り込み、レーダーを破壊して制空権を確保し、ミサイル基地をしらみつぶしに破壊し、地下施設も含めて大規模な攻撃を行う一連のオペレーション」だと答弁しています。そうなると日本は相手の報復を招いて、全面戦争に発展しかねない。
9条改憲の企てを許さない、改憲阻止の署名を草の根から大きく進めることが、やはり大事になっていると思います。
参院選の年、「非核の政府」へ新たな一歩を
最後に、私たちの取り組みについてですが、やはり被爆者、それから現在と未来に向き合う若い世代の方ががんばっている。そして、日本の原水爆禁止運動をはじめとした長い間の運動がある。やはり参議院選挙の年に、禁止条約に参加する非核の政府へ向けての新たな一歩を築くときではないかと思います。
先ほど徳田悠希さんからお話がありましたが、気候危機をめぐっても、気候正義を求める若い方々のがんばりがあり、ジェンダー平等を求める行動と合わせて、新しい政治を開いていく希望だと思います。
今こそ被爆者、国民の思いを一つにして、第1回締約国会議に日本政府を送ろうではないかと運動を強めたいと思います。
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(本シンポジウムのパネリスト報告全文および関連資料は、4月上旬刊行予定の『シンポジウム記録集』に収録されます) |
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