HOME >> 核兵器をめぐる情報━日本政府の動向
 
 ●日本政府の動向
 
岸田首相の核兵器廃絶論の虚妄
大久保賢一(日本反核法律家協会会長(2021.11.15)

 岸田文雄首相は核兵器廃絶をライフワークだと言っている。それを垂れ流しているマスコミもある。彼は「核兵器のない世界」を本気で実現しようとしているのであろうか。それを検証してみよう。

核廃絶をいう首相
 岸田首相はその著書『核兵器のない世界へ』の中で「戦後から75年。多くの被爆者がこの世を去る中で、戦争の記憶も被爆の実相も急速に色あせつつある。人類は再び悪魔の業火に手を伸ばしかねない。…私たちは『核兵器のない世界』の実現に取り組まなければならない」などとしている。ここだけ読めば、被爆者の寄り添う首相のようである。
 NHKは、反核活動家・坪井直さんの訃報を報道する際に「坪井さんとは、核なき世界を目指してさまざまな場面でご協力をいただきました。坪井さんの想いを胸に刻み、前へ進む覚悟です」との首相のツイッターを紹介している。これでは、坪井さんと首相が同じような核兵器廃絶論者だと受け止められてしまうであろう。

現時点での妨害者
 けれども、首相は核兵器禁止条約に反対しているのである。核兵器廃絶を言いながら、核兵器を全面的に禁止しその廃絶のための条約には反対しているのである。結局、首相は「すぐに核兵器廃絶はしない」としているのである。現時点では、首相は核兵器廃絶論者ではなく、核兵器廃絶の妨害者なのである。首相が自分を坪井さんと同様の核兵器廃絶論者であるかのように振舞うことは詐欺的だし、そこを指摘しないまま報道するのは不適切である。いずれにしても許されることではない。首相もNHKもその態度を改めるべきである。けれども、首相にそのような気配はない。どうしてそのような不誠実が可能なのだろうか。それを考えてみよう。

首相の核兵器観
 氏はその著書で次のように言う。
 *「核兵器を無くしたい」という思いは人一倍だ。しかし「直ちに廃棄しろ」と言っても多くの国家が「はいそうですか」とはならない。
 *「核の傘」は、中国やロシア、北朝鮮などから身を守るための護身術。
 *「核の傘」は米国が日本に対して提供する抑止力。
 *日本は、非核3原則を国是として掲げながら、冷戦時代は旧ソ連、冷戦後は中国や北朝鮮の核の脅威に備えるため、米国の「核の傘」に依存するというのが国家戦略。
 要するに、中国、ロシア、北朝鮮と対抗するために米国の核兵器が必要だということである。首相は核兵器を政府同様に「守護神」としているのである。氏のこれまでの政治的経歴(外務大臣、自民党政調会長など)からして当然のことであろう。なお、日本政府の核に関する国家戦略は@「非核3原則」の順守、A核兵器の究極的廃絶、B米国の「核の傘」に依存、C核の平和利用の4原則である。

首相の議論の特徴
 氏は、核兵器を抑止力としている。核抑止が現実的に機能しているかどうかを検証する方法はない。また、抑止が破綻することもありうるし、核兵器が意図的ではなく使用される危険性も否定できない。核兵器禁止条約は、その危険性に着目して核兵器廃絶が必要だとしているのである。氏はこの事実を完全に無視している。ヒロシマを知っているというのであれば、いかなる理由があっても、核兵器の使用を避けるのが本来であろうが、氏はそうはしていない。「悪魔の業火」が人々を襲うことを容認しているのである。私はそういう人を核兵器廃絶論者とは呼ばない。むしろ、核兵器依存論者というべきであろう。ここでは、その発想の出自を考えてみよう。

「吉田ドクトリン」賛歌
 岸田首相は、吉田茂元首相について「傑出した政治指導者の一人」と評価している。その理由は、吉田が日本の防衛を米国に任せたことと、その選択が「米国市場」が日本に提供され、米国資本も導入され、日本の奇跡的な高度成長をもたらしたからだという。「日本は核とドルの下で生きていく」という選択である「吉田ドクトリン」を最大限の評価をしているのである。そして、この米国の「核とドルに日本国の命運を委ねる」という基本姿勢は、現在も、何も変わっていない。岸田氏の著書は、そのことを私たちにわかりやすく教えてくれているのである。
 米国では、戦争を商売とする軍人と金儲けの機会とする軍事産業とその使い走りをする議員とそれを支持する愚かで野蛮な選挙民がいまだ力を持っている。軍産複合体の支配である。その潮流に抵抗せずむしろ迎合する勢力はこの国にもいる。それが「核とドル」に依存するという意味である。私は、岸田氏や日本政府が核兵器と縁を切ろうとしないのは、ここに原因があると考えている。「米国に逆らうものは核で脅し、武力を行使してでも従わせる」という選択には核兵器が必要なのである。

むすび
 現在、政府は「禁止条約は国民の命と財産を危うくする」として、禁止条約への署名・批准は拒否しているし、「締約国会議」へのオブザーバ参加にも消極的である。
 にもかかわらず、岸田氏は核兵器廃絶を言うのである。それは、核兵器がもたらす「容認できない苦痛と被害」や「壊滅的人道上の結末」、そして国民の反核感情を無視できないからであろう。けれども、氏は「核とドルの支配」を全面的に受け入れているので、米国の核兵器を否定する禁止条約を容認することはできないのである。だから「二枚舌」を使わなければならなくなるのである。それが首相の正体である。
 私たちは、核兵器廃絶を未来永劫の理想ではなく、喫緊の現実的課題とするリアリストである。被爆者の願いに応えるためにも、また、私たちと次世代の未来のためにも、核廃絶の掛け声だけでない行動が求められている。
 けれども、そのたたかいは「核とドルの支配」を全面的に受け入れている政治勢力とのたたかいでもあることを忘れてはならない。