HOME >> 核兵器をめぐる情報━日本政府の動向
 
 ●日本政府の動向
 
「核抑止論」の虚妄と危険性をめぐって論議
非核政府の会核問題調査専門委員会(2020.10.22)

 非核の政府を求める会核問題調査専門員会が10月22日、開かれ、「『核抑止論』の虚妄と危険性――現代日本の『核抑止論』批判」と題して反核法律家協会事務局長・弁護士の大久保賢一さんが報告。活発な論議が交わされました。
           ◇
 大久保氏は冒頭、核兵器禁止条約の批准国が47ヵ国となり(批准国は10月24日に発効に必要な50ヵ国に到達)、発効が間近に迫っているにもかかわらず、日本政府は「核兵器のない世界という目標は共有するが、条約には署名しない。安全保障のために、核を含む米国の抑止力に依存する」との立場に立っていることを挙げ、ここには「核兵器依存」と「核兵器廃絶」という本質的な違いがあると指摘。「核兵器のない世界」実現のためには、「核抑止力論」の打破が不可欠だと問題提起しました。
 この議論の検討の対象として、外交官経験もある一橋大学の秋山信将氏と防衛研究所の高橋杉雄氏が編集している『「核の忘却」の終わり――核兵器復権の時代』を紹介。大久保氏は、核兵器を「政策遂行の道具」「秩序の兵器」とする同書は核抑止礼賛の書であり、核兵器廃止論者に対する核兵器依存論者からの「挑戦状」だと指摘。同書筆者の核兵器は「長い平和」をもたらした≠ネどとする謬論を歴史的な事例を挙げて批判しました。

 核兵器は「長い平和」をもたらしたか

 同書筆者は、核兵器の存在は米ソ両国の行動を慎重にさせたので、「冷戦」を「熱戦」にすることなく「長い平和」と言われる状況にとどめた≠ニします。
 大久保氏はこの言説に対し、核戦争による人類絶滅の恐怖が現実化しなければ「平和だ」というのは、あまりに狭義にすぎる「平和」定義であり、冷戦の深刻さを隠蔽するものだと指摘。現在も世界に1万4000発の核兵器が存在し、その多くが実戦配備されていることなどを挙げて、客観的に存在する核兵器の危機をないことに描く言説は人々を盲目にするもので許されないと語りました。
 核兵器の使用で「世界が吹き飛ばされなかった理由」について、それは核兵器の「抑止力」などでなく、「ふたたび被爆者をつくるな」との被爆者の長年の訴えであり、核兵器廃絶を求める大きな流れによってもたらされたものだと述べました。

 「俺は持つおまえは持つな核兵器」

 筆者は、「これまで、軍事力は戦争に勝つことが目的であったが、核兵器という『絶対兵器』は戦争を避けることが目的となる。それ以外の有効な目標は持ちえない」という見解(バーナード・ブロディ)を引用して核抑止を正当化します。要するに抑止とは、相手を脅して恐怖心を起こさせ、自分に都合のいい行動をとらせ、不都合な行動をとらせないということ。
 大久保氏は、私人間で、相手方を脅迫して、義務のないことを行わせ、権利の行使を妨げれば、強要罪を構成することになり、懲役刑が用意されているが、国際政治の世界ではこの程度の規範も秩序もないということか、と発言。「平和を望むなら核兵器を準備せよ」という彼らの主張は、その論理が破綻した場合の「壊滅的な人道上の結末」を無視するものであるとともに、核保有国が「俺は持つお前は持つな核兵器」という身勝手な論理だと批判しました。

 他国の意思は核兵器で制御できない

 大久保氏は、筆者は核兵器による威嚇で相手の行動を阻止すると言うが、果たしてこの核抑止論は効果的なのかと問い、核保有国の水平拡散や垂直拡散、朝鮮戦争、ベトナム戦争、アフガニスタン軍事侵攻等、核保有国による戦争、軍事攻撃等の具体的事例を示して、核兵器国は核兵器の拡散を抑止できなかったし、他国の意思も抵抗も制御できなかった、これが結論だと発言。人類社会は過去も現在も、支配者に対する抵抗と革命が繰り返されてきた、それは自由と独立を求める人間性の表れだと語りました。

 「核抑止論」克服と同時代を生きる共感を

 核保有国や核抑止論者は、核兵器禁止条約が発効しても、徹底的に抵抗するにちがいありません。他国に自国の意思を押し付ける貴重な道具を奪われることを拒否するからです。
 大久保氏は、核保有国は尻尾を振らない犬は嫌い≠ニいう話で、そこでは、強欲と憎悪と偏見がはびこり、「力による支配」という覇権主義が横行することになると指摘。核兵器のない世界に到達し、それを維持するためには、こういう精神状態をも乗り越えていかなければならないが、それはけっして不可能なことではなく、核兵器禁止条約の形成過程で示された思想と運動を見れば大いに確信を持てる。そこには、「二度とヒバクシャはつくらない」「この星から核兵器をなくす」という気高い思想と、どのような抵抗をも乗り越えるという不屈の運動が存在していると強調。米国でも「戦争終結のために原爆投下は必要だった」という神話が崩れ去ろうとしています。ヒバクシャ国際署名は1200万筆を優に超えています。
 今、求められていることは、核兵器の非人道性や非道義性に着目し、核兵器の存在も使用も使用の威嚇も禁止する国際法規範を定立することです。大久保氏は、核兵器の材料もそれを作る知識も技術もあるから、そんな法規範を作ってもムダだなどとする「現実主義者」もいるが、殺人を禁止しても殺人はなくならないから、殺人を法で禁止するなという人はいないと発言。生物兵器も化学兵器もクラスター弾も対人地雷も、材料も技術もあるけれど禁止されている。法は政治の侍女ではなく、政治を拘束する道具として機能しうると力説しました。
 大久保氏は最後に、「核のない世界」に到達する前に、核兵器によって吹き飛ばされないようにするために、「核抑止論」を克服すること、そして同時代を生きる人たちとの共感が不可欠だと語りました。