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 ●日本政府の動向
 
ビキニ水爆被災事件に光を当て、被災者救済と核兵器禁止条約推進のために
 山下正寿・太平洋核被災支援センター事務局長 (2019.7.15)


 1954年のビキニ核実験による被災漁船(延べ1000隻)の元船員・遺族が救済を求めて「ビキニ国賠訴訟」を高知地裁に提訴した。訴訟では被告側が、証拠書類、証言、傍聴ともに政府側を圧倒したが、2018年7月20日の地裁判決は、不当にも20年の時効により原告の請求を棄却した。
 しかし、裁判長は判決文で、「個々の漁船員が被ばくしたこと、被ばくと健康状態の悪化との因果関係を立証することが困難を伴うことは否定できない。そうすると、長年にわたって顧みられることが少なかった漁船員の救済の必要性については改めて検討されるべきとも考えられる」として漁船員の被災を認めたうえで、救済の必要性について立法府と行政府に検討を求めた。
 6月11日、高松高裁で3名の意見書が提出され、政府の継続的不作為行為が立証された。
 以下、裁判に至る背景・動機(今号)、裁判・労災認定をめぐる現状と課題(次号)について述べたい。

第五福竜丸以外のビキニ被災船があると思っていた国民は皆無であった           
 1985年、原爆被爆40周年の年、「幡多高校生ゼミナール」が地域の被爆者調査に取り組み、初めて第五福竜丸以外のビキニ水爆実験被災漁船員の存在に突き当たる。ビキニ事件から30年を経過していたが、先入観を持たない高校生や教師たちは、被災船員への聞き取りを通して、漁船員たちの健康異常を実感した。
 ビキニ事件についての国の対応は、1986年3月、衆議院予算委員会での山原健二郎議員の質問に対して「資料はない」「対策を講ずることはできない」と答弁し、その後も「解決済み」「窓口はなく、資料もない」というものであった。教科書にも、第五福竜丸事件としか記入されず、第五福竜丸以外にビキニ被災船があると認識していた国民はほぼ皆無であった。政府がらみの組織的で継続的な情報コントロールなしにはありえないことである。
 ビキニ事件の調査は継続され、星正治・広島大名誉教授らの科学者チームが、被災船員の歯や血液分析により放射線被災を立証し、米国務省から被災船員の人体影響記録が発見された。事件から60年後にようやく外務省・厚労省・水産庁の一部の資料が開示され、船員保険申請から「公開審理」へ、そして「ビキニ国賠訴訟 」高知地裁から高松高裁への取り組みを通じて、この事件の巨大な背景に光が当てられた。

被災船員の健康対策を怠った原爆症調査研究協議会

 なぜ日本の漁船員の被災がこれほど徹底して隠され続けたのか。その背景には、第五福竜丸以外に被災船が拡大することを警戒した特殊な政治的な理由があった。1955年3月24日、外務省で、日米双方の最高医学陣に外務、厚生両省等が参加した会合が開かれる。この会議には米国側からABCC(原爆傷害調査委員会)所長のモートン博士の他、アイゼンバット博士(米原子力委員会保健部長)、米極東軍陸軍大佐、海軍大佐らも参加し、日本の厚生省からは小林六造(予研所長)、小島三郎(予研副所長)らが参加している。その後アイゼンバット博士は、米国務省に「日本における福竜丸の汚染と関連する諸問題:予備報告書」を送っている。その中で小林六造を連絡窓口として数回の接触が記載されている。とくに、第五福竜丸乗組員の尿調査について、東大病院入院乗組員2人の尿の提出分析と5人が遅れて追加されたが、第一病院入院中の患者16人のサンプルをまだ受け取っていない、と注文を付けている。
 厚生省の原爆症調査研究協議会は、ビキニ水爆実験による船員の放射線被災データを分析する立場にいながら、日本のマグロ漁船乗組員の内部被ばくの実態を隠蔽した。また、久保山愛吉・第五福竜丸無線局長の死体解剖と肝臓の提供などに関与する立場にあり、米国の核実験による人体影響調査に協力する姿勢をとり続けた。
 この原爆症調査研究協議会に元731部隊関係者3人が含まれていた。これらの人々は、731部隊が戦時中果たした責任を米国に免除してもらうことと引き換えに米国の核戦略に協力した。「協議会」環境衛生部会委員に任命された宮川正は、12月22日、食品衛生部会で「マグロはもう大丈夫」と発表。25日、厚労省がマグロ検査の中止を決定、29日にマグロ検査の廃止を閣議決定するが、宮川は、このマグロの放射能汚染検査打ち切りの判断を下した中心人物と言われている。1956年3月16日、宮川は衆院外務委員会に参考人として出席し、第五福龍丸以外の日本人の被災について、第八順光丸等の乗組員が急性白血病で苦しんでいたにもかかわらず「これといって目立った放射線障害というものはおそらくなかっただろうと思います」と推論を展開している。

操業中止、回避指示をしなかった政府の不作為行為

 高知地裁で、被告側は、「海上保安庁は昭和28年10月10日、官報で、ビキニ環礁付近の海域への立ち入り禁止を告示したと主張し、また昭和29年3月27日にも官報でビキニ海域は、兵器の実験のため非常に危険であるとの告示をする等、本件核実験が行われる以前から漁船等に周知していた」と主張した。
 しかし、官報の告示を見る船員は稀であり、船員に周知させるためには、マグロ漁船の拠点基地の関係機関に直接核実験の危険性を説明し、無線を通じて漁船に徹底することが不可欠だ。しかも、3月27日の官報告示日は、2回目の核実験の当日であり、「核実験のため」と記載せず「兵器の実験のため」となっていた。これでは、遠洋マグロ漁船に危険性が伝わらず、しかも周辺海域で操業していた漁船が核実験の影響を回避することは不可能だった。
 3月16日に、第五福竜丸の被ばくが明らかになってから5月まで、船体放射能汚染船が98隻と記録されている。まったく、船員への避難周知になっていない。
 事実、マグロ漁船の代表的基地である三崎港での、船員への情報通知のための日刊「三崎港報」にすら、前記の官報の危険は掲載されていない。これは、第五福竜丸の帰港によって水爆実験の危険を知りながら、海域の操業中止、回避指示をしなかった政府の不作為行為そのものである。漁船員の被災を放置した政治責任は逃れない。

ビキニ事件処理と戦犯釈放が取り引きされた日米政治決着

 1954年12月に入って吉田内閣が倒れ、鳩山内閣となった。外務大臣の重光葵、与党幹事長の岸信介ら、A級戦犯・容疑の責任を解かれ、政界復帰したメンバーのもとで「事件処理」が加速された。日米科学者会議の開催からマグロ検査中止、そして1月4日の「政治結着」までわずか1ヵ月余の急展開であった。
 日米交換文書への調印に向けて、かなり多くの展開があったことが、米国史の研究者・高橋博子さんの米公文書と外務省公文書の発見によって明らかになった。
 米国政府が日本政府に支払った見舞金200万ドルは、米議会に諮る必要のない最大限度の額として支出されていた。米国政府の心理戦略の協議機関で「米政府の最高レベルで秘密工作を検討した委員会」である工作調整委員会(OCB)の承認をへて、アイゼンハワー大統領による承認のもと、対外工作本部の予算から出された。
 また、駐日大使アリソンと重光外相との会談では、ビキニ水爆被災問題の「解決」と日本の戦犯解放とが文字通り並立する問題として議論されていた。戦犯でもあった重光は、6項目のメモの最後に「大規模な戦犯の解放と仮出所、この問題を解決することで、米国政府の役割に対して日本の人々に好意的な態度をとらせ、ほかの政府の関心事である行動の面で、われわれの関係改善に向けて実質的に貢献するであろう」と書き、戦犯解放によって日本人の対米観が好転することが述べられていた。
 米側は、今後の「汚染マグロ放棄」も「更なる死者」にも法律上の責任はとらないことを公文中に明記するよう、日本側に求めている。日本政府は、ビキニ事件を米国のために処理する代償として戦犯釈放を求め、そのために第五福竜丸以外の被災乗組員は、何の救済措置も受けることなく棄民として放置された。戦犯はその後釈放され、ビキニ事件は、日本の保守政治の形成に大きな影響を与えた。


被災船員の労災申請が却下

 2016年2月27日、ビキニ核被災船員と遺族の計11人が、全国健康保険協会船員保険部に船員保険の労災認定の申請を行った。労災申請から1年10ヵ月が過ぎた17年12月25日、船員保険部は、有識者会議(明石真言代表)の報告を鵜呑みにして「11人全員不支給」と決定した。
 有識者会議の報告書は、米軍資料を使い、被災した元船員の外部被ばく線量は最大でも2・20ミリシーベルトとした。しかし第五福竜丸をあえて外しており、同じ方法で計測すると第五福竜丸は0・08ミリシーベルト、乗組員実測の1・6〜7・0シーベルトの2万〜8・8万分の1という低線量となった。同米軍資料は、米原子力委員会でさえ「少ないのは不可解」「やり方に欠陥がある」という代物で、まったく使えない資料をもとにした線量評価であった。広島の科学者チームの血液・歯の分析に対しても、具体的な反論もできず、的外れで科学的見解と言えないものだった。
 「キャッスル作戦」の総核威力は、広島原爆の3220倍(広島原爆が約8年9ヵ月半、毎日1回爆発するのと同規模)である。当時、延べ1000隻に及ぶマグロ船が汚染マグロを廃棄し、98隻に「死の灰」汚染記録があるなかで、第五福竜丸だけが被災したとすること自体、科学的でない。その後、関東信越厚生局に不服審査を申し立てたが、再び却下され、厚生労働省社会保険審査会に再審査請求を行った。

社会保険審査会 公開審理


 2019年5月16日、厚生労働省にて、社会保険審査会公開審理が、審査員16人、参与8人、代理人7人、傍聴20人が出席して開かれた。
 聞間元・代表代理人は、因果関係については疫学調査が重要で、放射線影響の長期的、慢性的影響について請求人や遺族に対し何も調査していない。有識者会議の「報告書」にすべてをゆだねた形で決定している。また、この「報告書」そのものも、被ばく線量を事実とは異なって低く評価しており問題が大きい≠ニ、最新の科学的知見をもとに、申請者の医学的資料にそって陳述した。
 社労士・弁護士の代理人からは、船員保険部の公正さと時効の不当性について、そして支援者代理人からは、ほとんどの被災船が、第五福竜丸が入港後にマーシャル海域で操業を続け、水産庁は止めることや警告すらしていないこと、事件直後から体調不良が今も続き、歯が30〜40代から抜け、国民統計で被災船員のがん死亡率が40代で6倍、50代で7倍となっているなどが具体的に陳述された。
 参与8人のうち5人が「何らかの救済をすべきである」、4人が「船員保険を適応すべき」、1人が「被ばくの事実はあるが、わからない」と述べ、1人が、「米国や日本の国賠対象であり船員保険適応は困難」、1人が「意見なし」であった。
 そのうちの2人の参与の意見は次の通りであった。
 ●核実験が行われている海域での仕事であり、水産庁に予防義務があった。労災認定に必要な当事者の聞き取りを行っていないのは審査として不十分だ。請求人は乗船中に被ばくしたことが推定され、労災保険制度のなかで救済可能だ。請求人は30年以上にわたる調査の末、労災制度にたどり着いた。米国の公文書公開等によって、事実を知ることになった。請求者の置かれた状況は深刻だ。生活のため、水産庁からの制限もなく働いていた。被ばくに対する知識もなく、仲間が亡くなっているなかで不安を抱えて生きてきた。第五福竜丸乗組員の労災再適用が認められたのだから、考慮に入れてはどうか。
 ●有識者会議の報告のみを既定の論理であるかのように保険人が判断していることは問題ではないか。米国の調査や有識者会議の推定は、推定の域を出るものではない。仮定の論理が多い。資料を出して申請してきた側との乖離がある。有識者会議の結論に対して、第3者の検証がなされているのか。被ばくする可能性があることを把握しながら、秘匿されたがゆえに被ばくした。広島・長崎の原爆の調査はあるはず。ビキニのものは何もない。労災は認められるべきではないか。
 保険者側の主張は、口頭ではなく、参与から「なぜ申請者の聞き取りをしなかったか」との質問に対し「提出文書でわかると思った」と答えるのみであった。審査結果は、今年中に出される予定である。

国家賠償請求訴訟のこれから

 厳しい労災申請条件から外れる人の救済を求めて2016年5月9日、ビキニ被災船員・遺族など45人の原告が高知地裁に国家賠償請求訴訟を起こした。12月14日の証人尋問で、元船員や遺族ら5人が、30年を超える調査で積み上げた膨大な証拠提出によって被災の事実を証言した。被告の政府は、証拠書類もほとんど出せず、証人も立てられない状態で結審した。
 だが昨年7月20日、高知地方裁判所が出した判決は、20年の除斥期間を経過し、損害賠償請求権は消滅しているとして、原告の請求を棄却する不当判決であった。
 国賠訴訟は、高松高裁に移り、証人申請の聞間元、高橋博子、山下正寿の3人は陳述書のみとなり、第2回口頭弁論は6月11日、原告・被災船員の増本和馬さんが証人尋問に立った。歴史研究家の高橋博子さんは新証拠として、ビキニ事件の日米両政府「政治決着」のさい、「大規模な戦犯の釈放」を取引材料に交渉したとする公文書を陳述書に加えた、
 また、昨年7月の高知地裁での判決文で国・外務省は、「汚染船舶航跡関係」(PART1)と「汚染漁船及び商船の検査報告」(PART2)の二つを開示し、「本件資料等を故意に隠匿し、開示を拒否し続けたという事実はない」という前提で高知地裁で勝訴した。しかし国は、高橋博子さんの同資料開示請求で開示した資料までも非開示とした。その後の追及で、外交資料館で閲覧できるようになった。一度開示した文書を、閲覧を禁止し、再び許可した行為はまさに政権の隠蔽体質、政府の不作為行為を自ら立証したものであり、高知地裁での国側の勝訴は無効とすべきである。
 9月12日が高松高裁の結審となる。

救済のためのこれからの課題

 最後に、被災者救済のために、これからの課題について訴えたい。
 1、「ビキニ核被災検証会」中心に、科学者・研究者・医師・弁護士・平和運動家・報道記者など市民参加でビキニ事件の解明に取り組んできたが、現代史上にもまれな事件であり、全国的に研究・学習の機会を広げること。
 2、高知県では、県議会で「事件解明を求める意見書」が全会一致で決議され、知事の応援も受けている。太平洋沿岸中心に北海道から沖縄まで26都道府県に延べ1000隻、実数約550隻、被災船員1万人を超え、全国に支援組織を広げることが求められている。
 3、船員保険申請・国賠訴訟ともにほぼ追い詰めてきているが、裁判官・厚労省総務課長・船員保険担当責任者など被災船員に理解を示した担当者が、途中で突然異動している。高知県の健康対策課長として厚労省のキャリアが二度に渡って派遣されるなど人事攻勢を受けている。国会議員による政府の追及、「核実験被災船員救済特別処置法」制定の取り組みが期待される。
 4、世界で500回を超える大気圏内外での核実験(地下核実験を含めて約2000回)による地球規模の放射能汚染の被害は、核実験国の国民を含めて広範囲に及んでいながら、核実験の検証が不十分である。
 「核兵器禁止条約」の第6条「支援」に核実験の被災者救済があり、高知の国賠訴訟は救済の取り組み事例として国際的にも注目されている。青年は、この「条約」を未来の問題として捉え、高知県の「幡多高校生ゼミナール」もDVD「核被災と核兵器禁止条約」の作成に参加し、世界に学習教材の普及を呼びかけている。
 日本は、ヒロシマ・ナガサキ・ビキニ・フクシマと、原爆兵器使用・水爆実験・原発事故による核被災国である。非核の日本、北東アジアを真に求めるのであれば、日本政府は、韓国政府の協力を得て、北朝鮮とともに、核兵器禁止条約批准の呼びかけをすべきである。