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 ●日本政府の動向
 
辺野古新基地建設反対と沖縄の「誇りある自治」への覚悟
 国による立憲法治主義・立憲民主主義・立憲地方自治の破壊は許されない

 白藤博行(専修大学教授・常任世話人) (2019.4.15)

 繰り返される国交大臣の違法な依怙贔屓

 4月5日、国交大臣は、沖縄県が行った「埋立承認撤回」(2018年8月31日)に対する沖縄防衛局の審査請求に対して処分取消の裁決を行った。

 この裁決は、審査庁としての国交大臣が、自らを「国民」と称する沖縄防衛局の「権利利益の救済」を図り、沖縄県の「行政の適正な運営を確保」するというものであるが、行政不服審査法(以下、「行審法」)のまったくの誤用・濫用・悪用である。

 そもそも国は、公有水面埋立法上の埋立承認を受けるにあたって、国民(私人)の法的地位とは異なる「固有の資格」という法的地位を与えられており、もっぱら基本的人権の享受主体である国民の権利利益の救済を目的とする行審法の適用除外とされている。ところが国は、行審法上の国民(私人)になりすまし、不適法な審査請求や執行停止申立を行い、これに国交大臣が違法な決定で応えるといった不正の連鎖がまかり通っている。

 国交大臣が、誰にも邪魔されず自己の判断ひとつで、沖縄県の「埋立承認撤回」の法的効果を停止したり取消したりして、沖縄防衛局を依怙贔屓できるのは、辺野古新基地建設をめぐっても、安倍政権の民意無視の強権的・超法規的な政治・行政手法が及んでいるからにほかならない。

 その結果、国地方係争処理委員会も裁判所も、このような官邸主導の反法治主義的な行政争訟の運用を正すことができない「法治国家」ニッポンになり下がっている。

 裁判所は「埋立承認撤回」理由の実体審査をせよ

 辺野古新基地建設をめぐるこれまでの国・自治体間訴訟は、国からの代執行訴訟、故翁長知事の「埋立承認取消」にかかる執行停止決定に対する県からの抗告訴訟と関与取消訴訟、国からの不作為の違法確認訴訟、県からの岩礁破砕等差止訴訟、そして今般の「埋立承認撤回」にかかる執行停止決定に対する県からの関与取消訴訟の6件である。

 これらの多くは、和解や取り下げなどで裁判所の最終判断を得るには至っていないが、唯一最高裁は、不作為の違法確認訴訟において、故翁長知事の「埋立承認取消」を違法と判断した(2016年12月20日)。しかしその理由は、元沖縄県知事・仲井眞氏の埋立承認にかかる裁量判断が違法だったとまでは言えないので、これを取り消した処分は違法であるというものである。最高裁は、「埋立承認取消」そのものについて実体審査をする判断方法を取らなかったのである。

 沖縄県知事・玉城デニー氏は、今般の国交大臣の「埋立承認撤回」の取消裁決に対して、「国地方係争処理委員会への審査申出等を含め、然るべく、毅然と対応」したいとコメントしている。当然、取消裁決にかかる地方自治法上の関与取消訴訟や、行政事件訴訟法上の裁決取消訴訟を念頭においたものであろう。いずれの裁判においても、国の埋立工事の適法・違法の実体判断が求められるところとなる。

 すなわち、防衛省は埋立工事について嘘と隠蔽を重ねてきたが、もはや大浦湾の埋立予定地の軟弱地盤等の危険性は隠しようがない。沖縄県が「埋立承認撤回」の主たる理由とし、その後の国会審議等でも明らかになってきた深刻な軟弱地盤等の中身について、裁判所が実体審査をしなければ、沖縄の県民の人権、生命・安全、環境、平和は守られない事態になっている。裁判所は逃げてはいけない。

 県民投票による「誇りある自治」への覚悟に私たちはどう応えるか

 辺野古新基地建設については、「外交・防衛は国の専管事項」・「辺野古が唯一」といったイデオロギーが撒き散らされているが、問題の本質は、国による立憲法治主義・立憲民主主義・立憲地方自治の破潰にほかならない。

 これに対して、沖縄県民は、2019年2月24日に実施された県民投票において、投票資格者総数115万3591人、投票総数60万5385人、埋立てに「賛成」11万4933人、埋立てに「反対」43万4273人、「どちらでもない」5万2682人という民意を示した。「反対」票数は実に投票総数の71・7%にのぼった。

 ここで重要なことは、どこからみても実体的・手続的違法である国の埋立事業に対して、裁判所や国地方係争処理委員会がまっとうな裁きをしないなか、住民自らが裁いたことにある。国の違法行為に関する法治国家的裁きの仕組みが機能しないとき、いわば住民自らが裁くための制度が選挙であり住民投票である。沖縄県民は、県民投票をとおして、国による沖縄差別・人権侵害に異議を申し立て、これを裁いたのである。故翁長知事の遺したところの「誇りある自治」の生成である。

 さて、この沖縄県民の「誇りある自治」への覚悟を受けて、私たちはどう応えるかが問題である。国の外交・防衛問題では、しばしば「国の専権事項論」が説かれ、日米安保条約、日米地位協定あるいは日米合同委員会の意思などが優先され、地方自治が否定されがちである。しかし、このような「安保の中の地方自治」論は明らかに間違っている。なぜなら日本国憲法は、日本国民が日本国土のどこに居住しようと、国民主権、基本的人権、平和主義、そして民主主義・地方自治を保障しており、国民はあまねくこれを享受する権利があることを保障しているからである。

 沖縄では、この憲法がまっとうに適用されているわけではない。それにもかかわらず「誇りある自治」が生成し発展しようとしている。日本政府がこの沖縄の自治を圧殺し続け、国民がこれを見て見ぬ振りをするならば、沖縄の自治の侵害の罪を負うことになる。私たちは沖縄の自治の侵害の連鎖をこれ以上許してはならない。

 この連鎖を止めるためには、日本国憲法体系が安保法体系に優先することを再確認し、安保条約や日米地位協定を見直し、国が安全保障の名のもとで強行している辺野古新基地建設が明白に憲法に違反していることを自覚しなければならない。私たちは「安保の中の自治」の連鎖の全体像をみて、立憲法治主義・立憲民主主義・立憲地方自治の具体的あり方を考えなければならない。