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 ●提言・声明
 
核の脅威の深化とアメリカ核戦略
坂口明(「しんぶん赤旗」日曜版記者)
(202.5.15)


《1》深まる核の脅威
 核兵器の使用や使用の威嚇を含め核兵器を全面禁止・非合法化する核兵器禁止条約が発効したにもかかわらず、世界で今、核の脅威が深まっている。
 ●ロシア
 昨年2月にウクライナへの侵略戦争を始めたロシアのプーチン政権は、開戦当初から、ロシアが核大国であることを強調し、核兵器使用の威嚇を繰り返してきた。しかもウクライナの原発を占拠、砲撃し、原発を威嚇の武器にしている。
 さらにプーチン大統領は今年3月、軍事同盟国の隣国ベラルーシにロシアの戦術核兵器を配備する方針を表明した。1991年末にソ連から独立した際、ベラルーシにはソ連のSS25大陸間弾道ミサイル(ICBM)81基や戦術核兵器が配備されていた。1994年採択の憲法は18条で「自国領を非核地帯とし中立国をめざす」と規定し、核兵器は1996年までにロシアに移された。ところがベラルーシはロシアのウクライナ侵略開始3日後の昨年2月27日の「国民投票」で「核兵器とロシア軍を恒久的に受け入れる」ことを承認し、憲法の非核条項は削除されてしまった。
 プーチン氏によれば、ロシアは戦術核兵器を運搬可能な軍用機(SU25攻撃機)10機をベラルーシに駐留させており、イスカンデル短距離弾道ミサイルも既に移送している。戦術核の配備先としては、西部のリダ、北部のポスタヴィの空軍基地などが推定されている。
 ロシアはこれまで「核兵器は核保有国の領内に配備すべきだ」とし、欧州5カ国に配備される米B61核爆弾の撤去を要求してきた。今回のベラルーシへの核配備の表明は、この方針を転換する重大な動きである。2月のプーチン大統領の年次教書演説は、核実験再開の可能性にも言及した。
 ●中国
 中国については、核戦力強化を加速化させ、核実験再開をめざす動きがあると指摘されている。
 中国の軍事力に関する米国防総省の年次報告では近年、中国の核弾頭数の予測は急速に上向きになっている。2020年版報告書は「現在200発台前半と見込まれる中国の核弾頭数は、2030年までに少なくとも2倍に増える」と述べていた。それが2021年版では「2030年までに1000発に至る可能性」があるとされ、2022年版では「2035年までに1500発に至る可能性」があると修正された。つまり、これまで核戦力でフランスやイギリスと肩を並べていた中国が、米ロに接近する第3の核大国に躍り出るという想定である。
 この核戦力増強のために、新疆ウイグル自治区のロプノール核実験場が強化され、核実験再開の準備が進んでいるとされる。

《2》二大核保有国との対決?━米核戦略
 このような事態に、戦後の核軍拡競争を主導してきたアメリカは、どう対応しようとしているのだろうか。アメリカは「われわれは最終的に、核兵器なき世界を追求する」と口先で言うものの、現実にはアメリカが対峙すべき核大国がロシア1国から中ロ2カ国になることを〝当然の前提〟として、今後10年間で6340億ドル(86兆円)以上を費やす核戦力近代化計画の実行に邁進している。
 バイデン大統領は、オバマ政権の副大統領として、▽「世界が核兵器から完全に安全になる唯一の道は、核兵器なき世界を追求することだ」との2009年のオバマ・プラハ演説を支持する、▽「われわれの非核兵器能力(通常兵器能力)と今日の脅威の性格を考えれば、核兵器の先制使用(ファースト・ユース、第一使用)が必要になるシナリオをアメリカが考えるのは難しい」、▽「核攻撃の抑止と、もし必要なら核攻撃の報復が、米核戦力の唯一の目的であるべきだ」などと表明してきた(2017年1月の核セキュリティー・サミットでの演説)。
 しかし昨年10月27日に発表された2022年版「核態勢見直し報告」(NPR)では、トランプ政権時の2018年版NPRと基本的に変わりのない、次のような核戦略が示されている。
 ①核の「先制不使用」にも、核使用の限定にも反対する。核攻撃だけでなく「非核手段を用いた戦略的性格の攻撃の抑止」にも核を使う。
 ②「相手側に個別に適合させた核抑止」政策をとる。「核の3本柱」を維持して、さまざまな種類の核兵器を保有、開発する。具体的には、▽地上発射戦略抑止力(GBSD)というICBMや長射程スタンドオフ兵器(LRSO)(空中発射巡航ミサイル)の開発継続、▽潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)用のW93核弾頭の新規開発、▽B21戦略爆撃機の導入━などを進める。
 ➂欧州とインド太平洋で拡大抑止を強化する。
 とりわけ重大なのは、NPRが「2030年代までにアメリカは、その史上初めて、戦略的競争者であり潜在敵である二つの核大国と直面することになる」と規定していることである。つまり中国が第3の核大国として台頭してくることを想定し、それを当然の前提条件としてアメリカの核軍拡を正当化している。
 この命題は、昨年10月に発表された国家安全保障戦略でも示されている。しかし、このような認識がアメリカの世界戦略・核戦略の出発点になってしまえば、核不拡散条約(NPT)6条の核保有国の核軍縮(核軍備撤廃)義務は、どこかに飛んで行ってしまう。こうなるのは、アメリカ自らが核戦力増強に邁進し、中国やロシアの核軍拡を否定する大義を掲げられないからである。ロシアや中国が行っているのは「核の威嚇」だが、米英仏が行っているのは「核抑止力の強化」だという論理は、国際法では成立しない。
 核兵器禁止条約に対して核保有5カ国は「国際安全保障環境を無視しているから無効だ」と言って反対してきた。ところが今の世界の現実を見れば、核保有国自身が率先して「国際安全保障環境の悪化」を招いているのである。早い話、今回のNPR自体が、「主として、われわれの戦略的競争者の行動によって近年、国際安全保障環境は悪化してきた」と述べ、この現実を部分的に認めている。ただしアメリカ自身の責任は棚上げしつつ。
 ロシアのウクライナ侵略はロシアによる国連憲章違反の侵略戦争である。それにアメリカが同等の責任を負うということはできない。とはいえアメリカ自身も大規模核軍拡の強行などによって「国際安全保障環境の悪化」を招いてきた。これでは核兵器禁止条約はおろか、核兵器国の核保有を合法化しているNPT体制を維持することすらできない。
 「核兵器復権の時代」が来たと唱える核固執勢力は、ロシアの核脅迫を奇貨として「核なき世界」をめざす流れを逆転させようとしている。それは世界を、ますます核の破滅に追いやるだけである。
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 日本政府は新NPRが「拡大抑止へのコミットメントを改めて明確にしています」として「今回のNPRを強く支持します」と直ちに表明した(昨年10月28日の林外相談話)。現実には日本は、米核戦略を「強く支持」するにとどまらず、アメリカが核先制不使用を宣言することにも反対し、トマホーク核巡航ミサイルの退役にも抵抗してきた。さらに今、米日韓3カ国で「核抑止力」を強化する動きが進んでいる。
 世界で唯一の戦争被爆国である日本は、仮にも「法の支配」を重視するというのなら最低限、「自国の核兵器の完全廃絶の明確な約束」をはじめ、これまでのNPT再検討会議の合意に立ち返り、それらを誠実に実行するよう核保有国に求めるイニシアチブを発揮すべきである。米軍備管理協会のキンボール会長は、米ロ中の核軍拡の進行を阻止するため、核保有国に核凍結とNPT6条の順守を求め、その上で中国も含む核軍備管理・削減交渉の開始を展望している(『今日の軍備管理』4月号)。今、日本が率先して、そのようなイニシアチブをとらなければ、日本は3大核保有国の核軍拡競争のただなかに放り込まれてしまうだけだろう。