安保3文書に見る憲法破壊の新段階
小沢 隆一(常任世話人・東京慈恵会医科大学教授〈憲法学〉) |
| (2023.3.15) |
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はじめに
政府は、2022年12月16日、「国家安全保障戦略」、「国家防衛戦略」(従来の「防衛計画の大綱」から改称)、「防衛力整備計画」の、いわゆる安保関連3文書を閣議決定した。これらの内容は、その決定まで国民や野党にはほとんど明らかにされなかった。「戦後のわが国の安全保障政策を実践面から大きく転換する」(国家安全保障戦略)と文書それ自体が公然と謳っているものを、なかば密室での検討だけで国会審議もなく一片の閣議決定によって決めてしまう政治手法には、岸田政権がいかに国民主権と憲法にもとづく政治への配慮を軽んじているかをうかがい知ることができる。
憲法の軽視は、その決定手法だけではない。「反撃能力」という表現で、いわゆる「敵基地攻撃能力」の保有が必要であると初めて明記した点は、まさしく戦後日本の安全保障政策の大転換であり、憲法9条の下での平和実現の努力からの重大な逸脱である。
1.専守防衛放棄と大軍拡
「国家防衛戦略」は冒頭で次のように述べる。
「戦後、我が国は、東西冷戦とその終結後の安全保障環境の大きな変化の中にあっても、我が国自身の外交力、防衛力等を強化し、日米同盟を基軸として…77年もの間、我が国の平和と安全を守ってきた。また、その際、日本国憲法の下、専守防衛に徹し、他国に脅威を与えるような軍事大国にならないとの基本方針に従い、文民統制を確保し、非核三原則を堅持してきた。今後とも我が国は、こうした基本方針の下で平和国家としての歩みを決して変えることはない」。
こうした謳い文句とは裏腹に、今回の3文書は、政府が長らく掲げてきた「専守防衛」を放棄し、「他国に脅威を与えるような軍事大国」になることを表明するものと言えよう。3文書は、2015年の安保法制が集団的自衛権の行使を容認し、日本が米国などと海外で戦争する体制の法制面での整備を行ったことに対応して、それを担う自衛隊の能力や装備を抜本的に強化することで、戦争体制を実践的に構築することをめざすものである。
「反撃能力」という名の「敵基地攻撃能力」は、相手国の領土を攻撃できる長射程のミサイルの保有、高速滑空ミサイルや極超音速ミサイルの開発・生産、米国製の長距離巡航ミサイル・トマホークの導入など、日米共同でのミサイル戦略の大幅な強化を伴うものである。相手国への攻撃能力向上のために、自衛隊の「持続性、強靭性」「抗たん性」の強化、国内武器産業の育成、武器輸出規制の見直し、大学や研究機関が国と一体となって軍事研究を進める仕組み、空港、港湾などの軍事利用を念頭に置いた公共インフラの整備、安全保障のための人的情報の収集体制の充実・強化、宇宙空間の軍事利用(1月11日の日米2プラス2では宇宙空間への日米安保条約の適用も合意)、南西諸島における有事の際の避難計画等が盛り込まれており、戦争に備える総動員体制の構築がめざされている。
予算面では、2027年度までに「新たに必要となる事業にかかる契約額(物件費)は、43兆5000億円程度」とされ、「現在の国内総生産(GDP)の2%に達するよう、所用の措置を講ずる」とされた。
2.「反撃能力」の問題性
(1)集団的自衛権行使の中で
「国家安全保障戦略」と「国家防衛戦略」では、これまで保有を「検討する」という位置づけに留められてきた「敵基地攻撃能力」について、「反撃能力」との名称でその保有を明記した。2つの文書での「反撃能力」の定義は、次のようなものである。
「我が国に対する武力攻撃が発生し、その手段として弾道ミサイル等による攻撃が行われた場合、武力行使の三要件に基づき、そのような攻撃を防ぐのにやむを得ない必要最小限度の自衛の措置として、相手の領域において、有効な反撃を加えることを可能とするスタンド・オフ防衛能力等を活用した自衛隊の能力」。
この定義は、一見すると「日本に対する」弾道ミサイル等による攻撃があった場合を想定しているかのような表現だが、そうではない。日本の反撃は「武力行使の三要件に基づ」くとされている。
「武力行使の三要件」とは、2014年7月1日の閣議決定によって、従来の「自衛権行使の三要件」に代えて打ち出されたもので、以下の通りである。
@我が国に対する武力攻撃が発生したこと、または我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること。
Aこれを排除し、我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないこと。
B必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと。
傍線部が示すように、これにより認められる武力行使が集団的自衛権の行使を含むものであることは明らかである。2つの文書には次のように記されている。
「反撃能力については、1956年2月29日に政府見解として、憲法上『…可能である』としたもののこれまで政策判断として保有してこなかった能力に当たるものである。この政府見解は、2015年の平和安全法制に際して示された武力行使の三要件の下に行われる自衛の措置にもそのままあてはまるものであり、今般保有することとする能力はこの考え方の下で上記三要件を満たす場合に行使しうるものである」。
敵基地攻撃は、米国などが攻撃を受けた場合も「我が国の存立が脅かされ」たと判断される場合(「存立危機事態」)には、その発揮が想定されかつ期待されているのである。
(2)日米一体のもとで
反撃能力の行使は、日米協力の下で行われる。「国家防衛戦略」では、「日米の基本的な役割分担は今後も変更がないが、我が国が反撃能力を保有することに伴い、弾道ミサイル等の対処と同様に、日米が協力し
て対処していくこととする」と述べられている。
このことは、1月11日に開催された日米安全保障協議委員会(日米2プラス2)の共同発表の次のくだりによって確認される。
「日本は、新たな戦略の下、防衛予算の相当な増額を通じて、反撃能力を含めた防衛力を抜本的に強化するとの決意を改めて表明した。日本はまた、自国の防衛を主体的に実施し、米国や他のパートナーとの協力の下、地域の平和と安定の維持に積極的に関与する上での役割を拡大するとの決意を再確認した。米国は日本の新たな国家安全保障政策について、同盟の抑止力を強化する重要な進化として強い支持を表明した」。
米国は、いったいどのような状況で「武力攻撃」を受けることになるのか。朝鮮半島、中台関係に軍事的に介入して自ら戦端を開く。そのような米国に対して日本が「存立が脅かされた」として武力行使を含む支援を行う。こうして敵基地攻撃能力を行使した日本に対して相手国は、米国との間の戦争に日本が参戦したものとして、日本を標的にした攻撃を仕掛けてくることは必定である。敵基地攻撃能力は、戦争の抑止に資するどころか、日本に戦争の危険を現実的に呼び込むものに他ならない。
(3)あいまいな「先制攻撃」との区別
「国家防衛戦略」は、反撃能力について次のように述べる。
「この反撃能力は、憲法及び国際法の範囲内で、専守防衛の考え方を変更するものではなく、武力の行使の三要件を満たして初めて行使され、武力攻撃が発生していない段階で自ら先に攻撃する先制攻撃は許されないことはいうまでもない」。
「敵基地攻撃能力」は、敵が攻撃に「着手」したあとに反撃するものであって、攻撃がないにもかかわらず敵基地を攻撃する「先制攻撃」とは違うと説明されている。
しかし、何をもって日本に対する攻撃の「着手」とするのか不明確であり、国際法違反の「先制攻撃」とどう区別するのかはあいまいである。
3.アジアと世界の平和のためになすべきこと
これまで、日本政府は、相手基地への攻撃は米軍にゆだね、自衛隊は、攻撃的な武器をもたずに防衛に専念して、「敵基地攻撃能力」は、政策的に保有しないとしてきた。ただし、敵基地攻撃を可能にする巡航ミサイルやF35ステルス戦闘機の取得、「いずも」型護衛艦の空母化などをなし崩し的に進めていることは見逃せない。今回は、そうした既成事実の上にたって、従来の方針を正面から転換しようというものである。
「敵基地攻撃能力」論は、安保法制による集団的自衛権行使容認とともに、将来の9条改憲への布石として持ち出されてきている。
自民党や政府は、「敵基地攻撃能力」論の根拠として、「日本を取りまく安全保障環境がいっそう、厳しくなっている」ことを挙げている。
防衛省によると、北朝鮮や中国は、この間、弾道ミサイル開発を進め、既存のミサイル防衛体制では迎撃できない可能性があるとみられている。こうした北朝鮮や中国のミサイル開発は、「敵基地攻撃能力」論に絶好の口実をもたらしているが、両国のこうした動きの意味は、在日、在韓の米軍とその攻撃能力の存在、すなわち北東アジアにおける軍事同盟体制の重圧抜きにはとらえられない。
ミサイル開発とミサイル防衛による終わりなき軍備の拡張とその中で増大する戦争の危険性という負の連鎖を断ち切るためにも、北東アジアにおける軍事同盟体制の解消こそ、今、切実に求められている。
戦争の不安のない平和なアジアを構築するためには、憲法9条を生かした平和の外交戦略を立て、実践することが肝心である。日本国憲法前文は、そのための指針を示している。
「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」。 |
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