| 核兵器のない世界」実現めざし、2022年を振り返り新年を展望する |
野口 邦和
(常任世話人・元日本大学准教授・原水爆禁止世界大会運営委員会共同代表) |
| (2023.1.15) |
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はじめに
「核兵器のない世界」の実現をめざす視点から2022年を振り返ると、2月にロシアによるウクライナ侵攻があり、それは今なお続いている。侵攻は、時間軸を100年以上も前の時代に引き戻しかねない乱暴な出来事だ。
6月にはウィーンで核兵器禁止条約(TPNW)第1回締約国会議が開かれ、核軍備縮小撤廃に関する多国間交渉の文書として、力強い「ウィーン宣言」と「ウィーン行動計画」が採択された。8月には核不拡散条約(NPT)第10回再検討会議がニューヨークの国連本部で開かれた。コンセンサス(全会一致)方式で採択される最終文書が前回(2015年)に続いて合意できなかったため、多くのメディアは「NPTは機能不全」などと断じたが、こうした評価は一面的で正しくない。
9〜12月には国連本部で第77回国連総会が開かれた。一般討論演説では、ウクライナ侵攻を続け、核兵器使用に言及して世界を脅すプーチン政権に対する批判が相次いで表明されたという。一方、ウクライナ侵攻、台湾海峡危機、北朝鮮の核・ミサイル開発を口実に、岸田政権は大軍拡を推し進め、軍事費増額の財源を増税で捻出することを企図している。
こうした出来事を振り返りながら、新年を「TPNWに参加する日本政府の実現を!」の国民的な合意形成の年にするために必要な日本の非核・平和運動の課題について述べたい。
国連憲章・国際法違反のウクライナ侵攻
ウクライナ侵攻は国連憲章と国際法に違反する許しがたい暴挙だ。軍事侵攻直前に行なったプーチン大統領の国営テレビ演説によれば、侵攻の法的根拠はウクライナ東部の「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」からの要請にもとづく集団的自衛権の行使、ウクライナのネオナチ(と背後にいるNATO〈北大西洋条約機構〉諸国)からロシアを守る個別的自衛権の行使だという。
しかし、親ロシア系住民が実効支配する両「国」をプーチン政権が国家承認したのは侵攻のわずか3日前である。両「国」はロシアの「傀儡」でしかなく、国際法上の国家の資格要件さえ満たしていないのが実情だ。
むしろ軍事侵攻は「すべての加盟国は、その国際関係において、武力による威嚇又は武力の行使を、いかなる国の領土保全または政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎まなければならない」とする、国連憲章第2条4項に明確に違反する。さらに、病院・学校・避難所への攻撃、原子力発電所など電力インフラへの攻撃、性暴力などは、ジュネーブ諸条約などの戦時国際法にも違反する。国連憲章と国際法にもとづく平和秩序の回復をめざして、ロシアによるウクライナ侵略を非難する世界諸国民の共同行動をいっそう強めることが必要だ。
侵攻に関連してウクライナを支援する各国政府とその国民に対し、プーチン政権が核兵器使用の威嚇を繰り返していることも重大な問題だ。これは核兵器使用により生ずる非人道的・破滅的な惨禍も辞さない野蛮な姿勢の表明であり、けっして見過ごすことはできない。
2020年6月に署名・公表されたロシア大統領令「核抑止分野の国家政策原則」によれば、「核兵器使用の可能性を決定する条件」は、ロシアとその同盟国に対する@弾道ミサイル発射の確実な情報、A核兵器や大量破壊兵器の使用、B核兵器での応戦を阻害する国家・軍事施設への攻撃、C国家存亡時の通常兵器による侵略、の4点である。これに従えば、戦闘がウクライナ領内に留まる限り、核兵器使用の可能性は低いと言えるが、いつ何時予期しない事態が生じ、戦闘がロシア領内にまで拡大するかも知れない。実際、12月に入ってロシア領内にある3つの軍事施設がドローンによる攻撃を受け、ウクライナが関与した可能性が高いと言われている。
2021年1月に発効したTPNWは、核兵器の使用と使用の威嚇を禁止している。
プーチン大統領らによる核兵器使用の威嚇は、「核抑止力」論の危険性を改めて示すとともに、人類が核兵器使用の危険性から解放され、核兵器使用による惨禍から免れる唯一の保証は、核兵器禁止・廃絶しかないことを浮き彫りにしたと言える。
希望ある力強いメッセージを発信したTPNW第1回締約国会議
TPNW第8条によれば、第1回締約国会議はTPNW発効後1年以内に開催することになっていたが、新型コロナ禍により2度の延期を経て6月に開催された。ロシアによるウクライナ侵攻と核兵器使用の威嚇、核保有国による核戦力の維持・強化、台湾をめぐる米中対立など、核兵器をめぐる状況が非常に悪化している中で第1回締約国会議が開催され、希望ある力強い「ウィーン宣言」と「ウィーン行動計画」を採択したことは極めて重要な成果である。
「宣言」は、「核兵器は平和と安全を守るどころか、強制や威嚇、緊張の高まりにつながる政策の道具として使われている」「核兵器が実際に使用されるという脅威、すなわち無数の生命、社会、国家を破壊し、地球規模の破滅的な結果をもたらす危険性にもとづいている核抑止論の誤りをこれまで以上に浮き彫りにしている」と、「核抑止」論を断罪した。
そして「私たちは、最後の国が条約に参加し、最後の核弾頭が解体・破壊され、地球上から核兵器が完全に廃絶されるまで、休むことはない」と、核兵器廃絶をめざす強い決意を表明した。
「行動計画」は条約履行を軌道に乗せるために決定されたもので、条約の普遍化促進措置、被害者援助や環境修復をすすめるための具体的措置などが盛り込まれた。
50ヵ国の批准で発効したTPNWの締約国は、第1回締約国会議開催時に65ヵ国、この原稿執筆時点(2022年12月16日)で68ヵ国(署名91ヵ国)と、着実に増えている。条約の規範力を高めるため、本紙11月号で黒澤満大阪大学名誉教授が指摘するように、当面は2017年7月に国連会議で条約が採択された時の賛成122ヵ国を目標に締約国を増やす努力が求められる。
なお、締約国会議にはNATO加盟国のノルウェー、ドイツ、ベルギー、オランダ4ヵ国と、米国との軍事同盟(ANZUS)加盟国のオーストラリアがオブザーバー参加した。
岸田政権はオブザーバー参加さえ拒んだ。広島・長崎の惨禍や教訓を世界に直接発信する機会を自ら放棄したことを大変残念に思う。
核軍備縮小撤廃約束不履行の責任追及したNPT第10回再検討会議
核不拡散条約(NPT)第10回再検討会議は、新型コロナ禍による4度の延期を経て2022年8月に、ニューヨークの国連本部で開催された。過去数年間、核兵器国は第6条の義務や過去の合意の約束を踏みにじり、核兵器の近代化と軍備増強に励み、使用の威嚇さえ行っている。
グテーレス国連事務総長は、「冷戦のピーク以来、かつてない核の危機が生じている」との現状認識の下、「核兵器の廃絶は、核兵器がけっして使用されないことの唯一の保証である」と改めて強調した。オーストリア政府代表は、ロシアによるウクライナ侵攻と核兵器使用の威嚇を、NPT体制を揺るがすものと強く非難した。同時に、核兵器や核抑止力を強調することで事態に対応する一部の国々も重大な誤りを犯していると批判した。
米国政府代表は、「わが国の核兵器の使用は、極限の状況下、米国とその同盟国、パートナー国の死活的利益を守るためにおいてのみ検討される」と核抑止力を正当化する一方、「核兵器取得の追求を拒否するよう他国に求める国は、自国の核兵器を削減し、最終的に廃絶する意思も持たなければならない」と発言せざるをえなかった。
岸田首相は、「被爆地広島出身の総理大臣として、いかに道のりが厳しいものであったとしても、『核兵器のない世界』に向け、現実的な歩みを一歩ずつ進める」と発言した。米国の「核の傘」に依存する総理から「核兵器のない世界」などと言われても、多くの政府代表の胸には響かなかったのではないか。
対立点をめぐる関係国の立場を踏まえ、最終文書案を議長が提示し、最終的に唯一ロシアが反対して合意に至らなかった。争点になったのはウクライナ侵攻に関するザポリージャ原発問題などだという。最終文書案には、「核兵器禁止条約が2017年7月7日に採択されたことを認識する。同条約は、…21年1月22日に発効し、22年6月21〜23日に第1回締約国会議が開催された」「すべての締約国が条約第6条の下で約束している核軍備撤廃につながる核兵器の全廃棄を達成するという核兵器国による明確な約束の再確認に留意する」など、核兵器国が削除したかったに相違ない文章が残った。合意が得られなかったとはいえ、4週間にわたる各国政府代表と市民社会の真摯な議論が無に帰するわけではない。最終文書案は今後の議論の出発点になるに違いない。
核保有国を追い詰めた第77回国連総会
2022年10月に国連本部で開かれた第77回国連総会第1委員会(軍縮と国際安全保障)では、核兵器廃絶に不熱心な核保有国が厳しく批判され、核兵器廃絶に向けて直ちに行動するべきだという意見が多くの政府代表から表明された。先の核兵器禁止条約(TPNW)締約国会議とNPT再検討会議を通じて多くの各国政府代表と市民社会が協力を強め、核保有国と「核の傘」依存国を追い詰める論戦だった。
新アジェンダ連合のエジプト政府代表や非同盟運動のインドネシア政府代表は、再検討会議でコンセンサスがなかったことは核兵器廃絶に向けて行動しないことの言い訳にはならない。すべての締約国がNPT第6条の義務、1995年、2000年、10年の合意内容を直ちに履行すべきだ≠ニ核保有国に迫った。カリブ共同体のバハマ政府代表は、核兵器使用の可能性が高まっている現状を憂い、「核兵器は安全を保障しない。核兵器の廃絶は私たちが将来世代に残すことができる最大の贈り物だ」という国連事務総長の発言を全面的に支持すると発言した。少数の大国ではなく、多数の国々の政府と市民社会こそが国際政治の真の推進者であることを実感させる発言が相次いだことも付言したい。
国連総会は12月7日、諸決議を採択した。40ヵ国以上が共同提案した決議「核兵器禁止条約」は加盟国の約62%、119ヵ国の賛成により5年連続で採択された。反対したのは核保有国と米国の「核の傘」に依存する日本など44ヵ国だった。5月の総選挙で政権交代したオーストラリアは、2021年まで続けていた反対から棄権に転じた。一方、NATОへ加盟申請したスウェーデンとフィンランドは、2021年まで続けていた棄権から反対に転じた。決議「核兵器の人道上の帰結」、同「核兵器の威嚇または使用の適法性に関する国際司法裁判所の後追い」は加盟国の70%以上、同「核兵器のない世界へ―核軍備縮小撤廃の約束履行の促進」は79%の賛成で採択された。
日本政府提出の決議「核兵器のない世界に向けた共通のロードマップ構築のための措置」は、加盟国の76%の賛成で採択されたが、「この決議は顕著かつ意図的に核保有国の核軍備縮小撤廃義務を不問に付している」(南アフリカ)、「世界の安全保障進展を、核軍備縮小撤廃義務の前提条件にしている」(エジプト)などの批判が相次いだ。
戦争国家づくり阻止、大軍拡反対、憲法守りTPNWに参加する日本を
核兵器使用が懸念され、多くの国々が核兵器廃絶に向けた行動を求める中、被爆国日本の政府がしていることは何か。ウクライナ侵攻、「台湾海峡危機」、北朝鮮の核・ミサイル開発などを口実に岸田政権は大軍拡を推し進め、12月16日に「国家安全保障戦略」など「安保3文書」を閣議決定した。「国家安全保障戦略」は、現在が戦後最も厳しい安全保障環境にあるとの認識の下、相手国の領域内を直接攻撃する「反撃能力」(敵基地攻撃能力)を保有すると明記し、2023年〜27年度の5年間の軍事費を現行計画の約1・5倍、43兆円程度に増額する。同日に決定した与党税制改正大綱によれば、軍事費増額の財源を法人税、所得税、たばこ税の増税で確保するという。
今回の決定により、憲法9条にもとづき「専守防衛」に徹して軍事大国にならないとした戦後日本の防衛政策は大転換することになる。これほどの大転換を選挙の審判を仰ぐことなく、国民に説明することなく閣議決定したことに仰天する。メディアは「政策転換の中身に加え、その決定過程にも看過できない瑕疵がある」(「朝日」12月17日付社説)と批判した。
岸田政権の行き着く先は、日本を破滅に導く戦争国家でしかない。軍備増強は軍事対軍事、核対核≠フ悪循環を招きかねない。広島・長崎の惨禍を体験した日本が進むべき道は、軍備増強による戦争準備ではなく、「核の傘」からの離脱、憲法9条にもとづく平和外交とTPNWへの参加だ。
被爆78年の今年、「生きているうちに核兵器をなくしてほしい」との被爆者の訴えを真摯に受け止め、被爆の実相を大きく国内外に発信し、核兵器全面禁止・廃絶、TPNWに署名・批准する日本政府の実現に向けた世論と運動の発展が今、強く求められる。 |
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