福島第一原発事故から10年―福島はいま
野口邦和さん(元日本大学准教授〈放射線防護学〉・本宮市アドバイザー)に聞く |
| (2021.3.15) |
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東京電力福島第一原発事故から丸10年。事故原発の廃炉作業はどうなっているのか、農業・漁業、住民のくらし、復興はどこまできたのか――。
事故後、福島・本宮市の放射線健康リスク管理アドバイザーとなり、現地に100回以上足を運んで寄り添ってきた元日本大学准教授の野口邦和さんに、「福島原発事故10年」の現状と課題について聞きました。
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■事故から丸10年―国民多数は原発ゼロ≠ヨ
福島第一原発事故から10年、この間、反原発・脱原発∞危険な原発に頼らずに発電するに越したことはない≠ニいう国民の意識が急速に広がり、世論調査でも原発に「反対」が7割を超えています。その国民意識は確固たるもので、今後大きく原発肯定のほうに動くとは到底思えません。
ただ、原発をなくすにしても、現に廃棄物があるわけです。いま高レベル廃棄物の最終処分場探しで北海道の寿都(すっつ)町と神恵内(かもえない)村の名前があがっていますが、やはり大事なのは、安全に処分できる場所を確保することだし、自国で発生した廃棄物は自国内で処分するという原則は曲げるべきではない。
しかしいまの政府のやり方は公募方式で、応募してきたら人口1000人ほどの村に文献調査として2年間で20億円ものお金を出す。お金で釣る≠謔、なやり方をやっているかぎり、本当に安全な場所が選ばれる保証はありません。
そのあたりのことが、福島の事故を受けて教訓化されたかと言えば、生かされてないという思いがあります。この10年、脱原発の方向に国民の意識が舵を切ったことは間違いないですが、そこから先に進めたのかというと、なかなか具体的には進んでいないように見えます。
私は、これも事故後の教訓の一つだと思うのですが、放射線や放射線被害についての科学的知識が学校教育の現場で行われてこなかったのはどうなのか、それは一つの社会的な欠陥ではないか、ということです。事故前に54基も原発をつくって運転させていながらきちんとした教育が行われていないのは、やはり問題だと思います。そのことを含めて、事故を通じて、いろいろ不備な点がわかってきましたね。
■遅れに遅れている廃炉工程
廃炉工程はとにかく遅れています。国・東電は、事故後10年間で1〜4号炉の使用済み核燃料プールから燃料を取り出して、2021年12月からデブリ(原子炉から溶け落ちた核燃料)の取り出しに入ると計画していました。現状は、使用済み核燃料の取り出しが4号炉で2014年12月、3号炉でようやく先月終わったところで、1、2号炉についてはまだ始まってさえいない。
ということはデブリの取り出しも当然遅れてくるはずですが、国・東電は、2041年〜2051年に廃炉が終了するという着地点は変えていません。途中段階がこんなに遅れていて、今後のデブリ取り出しについてはまだ方法さえ決まっていないのに、廃炉終了時期は同じなどというのはありえません。結局、国民から批判を受けるので言わないだけです。1986年のチェルノブイリ原発事故でさえ、35年経っても事故炉を覆っている「石棺」を「第二石棺」で覆って遮蔽している状態で、核燃料はそのまま残っている。福島の場合は3基もあって、地下の汚染水問題もあるから、チェルノブイリ原発のように上から蓋をすればよいというふうには全然ならない。
世界でも前例のない廃炉作業をやるのですから、国民に事実を語って信頼を積み上げることがとても大事だと思いますが、国・東電の姿勢は国民の批判を避けようとごまかしに終始しています。
■求められる処理水の陸上保管対応
汚染水はいま、建屋の地下に5000トンあって、そこに地下水が1日あたり140〜150トンぐらいずつ入って増えています。それを汲み上げてセシウム吸着装置とALPS(アルプス=多核種除去設備)などにかけて浄化しますが、その処理水が120万トンほど貯まっている。これをどう処分するのかが、いま問題になっているわけです。
ALPSで浄化した処理水は、浄化できないトリチウム(3重水素)以外の放射性物質の濃度は排水できるレベルに下がっているはずだったのですが、実際には71%ぐらいが排水の基準値を超えています。これはALPSが導入初期段階でいろいろ不具合が起きたり、東電が処理量を増やしたくてフィルター交換頻度を減らして運転していたことが原因で起きたもので、いわば東電の手抜きです。
基準値超えの処理水は、120万トンの7割ですから80万トン以上もある。そのうち今年度に浄化したのは、わずか2000トンなので、東電は全然やる気を見せていないし、真面目に浄化していない。ALPSを通したらトリチウム以外は全部排水の基準値より低くなるというのが汚染水処理の前提なので、やはりそこは早急に浄化する責任が東電にあります。
貯蔵タンクに貯めているトリチウム水の処分について、国は海洋放出しかないという方向に持って行こうとしています。しかし、地元の住民、とりわけ漁民が大反対していて、海洋放出できる状況にはまるでない。
福島の漁民はこの10年間、まともに操業できずにずっと苦しんできたわけですから、再度風評被害で苦しみを長引かせるような事態は避けなければいけないと思います。
来年夏頃に貯蔵タンクが敷地一杯になりそうなのは確かですが、周辺の土地はいまも人が住めないですから、タンク置き場を確保するために周辺の土地を買うなり借りるなりして敷地を拡大すればすむ話です。処理水は当面、陸上保管しかないし、それは敷地を広げればいいだけの話なのに、要は国・東電にやる気がないのが一番の問題だと思います。
風評被害は、事故から10年経ってもなかなかなくなりません。だから、ALPS処理水は500倍に希釈すれば安全問題はクリアーできるとしても、いまの状況で海洋放出などやれません。とにかく、安全性を保証する側の国・東電が国民から信用されていないのが一番の問題です。風評被害が現に起きたとして、どれだけ補償してくれるのかもあてにならない。強制避難でさえ十分な補償がないのに、はたして漁民に対して十分な補償をするのか、その信頼もない。こんな状況のもとで海洋放出なんて無理だと思います。だから政府も、海洋放出を決めているけれども表向きは言い出せない。当面は、陸上保管せざるをえないと思います。ならば国・東電は土地を早く確保して敷地を拡大するために行動するべきだと思います。
〈汚染土〉
除染して出た汚染土は、中間貯蔵施設に持って行く、中間貯蔵施設ができるまでの間は自治体ごとに仮置き場をつくって保管するという方針だったのに、ここにきて放射性セシウム濃度が一キログラム当たり8000ベクレル以下の汚染土はリサイクルするなどと言い出して、現に二本松などで試験的なことをやっています。しかし、これは話が違うし、安全かどうか以前の問題です。つまり、汚染土の処分方針を途中で変えれば信頼がなくなってしまうわけで、とんでもない話です。
汚染土について政府は事故直後、30年経ったら中間貯蔵施設の土を福島県外に持ち出すと言ったのですが、そこは正直、大変むずかしいと思っています。中間貯蔵施設が最終処分施設になるのかどうか、政府はいつかの時点できちんと国民、福島県民に謝罪して、対応を明確にすべきでしょう。課題を先送りするだけではあまりに無責任だと思います。
■避難住民の思いは複雑だが
原発の放射能漏れ事故に伴う避難指示は、居住制限区域と避難指示解除準備区域はこれまでに全部解除されて、帰還困難区域だけが残っています。帰還困難区域についてはバリケード等で中に入れないようになっていて、除染もしていないので、そこの空間線量率の減り方は、放射能の自然減衰とウェザリング(風雨による流出)効果により10年で当初の4分の1〜8分の1ほどに減っているはずです。ただ、帰還困難区域もそのままというわけにはいかないので、去年、例外的に駅の周辺あたりを除染して、一部解除されたところがありますが、多くは帰還困難区域がそのまま残っている状態です。
10年経って、避難住民の思いは非常に複雑だと思います。先祖代々の土地や家がある人、お祖父さんの代から開拓して牧場がようやく軌道に乗ってきた矢先に避難を余儀なくされたという人が戻りたいと思う気持ちはよくわかるし、当然だと思います。
ただ、飯舘村だけでも、元に戻すには何千億円もかかると見られています。10年経つわけですから、避難住民もこれからどうしていくつもりなのか。避難先で新しい生活を始めている人も大勢いるわけで、やはり、被災住民の思いといっても一概に言えるものではないだろうと思います。
岩手、宮城の震災関連死とちがって、福島では中身は原発関連死です。避難先が何回も変わる、避難期間が長期化する、そうした影響で病気が増えているし自殺者も増えている。避難生活による経済的負担の重さもたいへんです。
だから、10年も経ったら、いろいろな困難・不満はあるでしょうけれども避難している人たちも見切りをつけることが必要な場面になってきているのではないでしょうか。生活再建を中心に考えないといけない時期にきているし、そのための公的支援の拡充が必要です。
それに避難といっても、強制避難と避難指示区域でない自主避難の違いもあります。自主避難者については、放射線で避難しなければいけない状況は今はないので、戻りたいと思っている人は戻って生活再建を優先するほうがいいでしょうし、戻る気がないなら避難先で再建を考えるというふうに、そこは割り切りが大事になってきている気がします。
思えば、事故から3年経った2014年に漫画「美味しんぼ」が、その時点で県内に住んでいた人は避難指示区域でなかった居住者ですけど、「危ないところから逃げる勇気をもってほしい、と私は言いたい」と漫画の主人公の父親が言っています。要するに自主避難しろと呼びかけている。実にいい加減で無責任極まりないと思いました。その漫画では、放射線で鼻血が起こるという描写もありましたが、鼻血が放射線による急性症状だとしたら何週間も続くし、他の症状も起こる。でもそのように訴えた人は漫画の中で誰もいなかった。
放射線被曝とむりやり結びつけて執拗に描写しているのですが、やっぱり県民感情からしても認めがたい。その漫画の描写は「反原発」の側の人によるものでしたが、私は、これではかえって反原発・脱原発の運動の信頼を損なうことになりかねないと、正直、怒りをおぼえました。
■農産物はすべて検出限界値以下
農業は徐々に回復しています。福島産米の全量全袋検査は去年からやめて、抽出検査に変えました。それから、カリウム肥料をまけばセシウムが吸収されないということもわかって、カリウム肥料を事故後まいてきたわけですが、本宮市は、カリウム肥料も去年から「カリ卒」(カリウム撒きを卒業)と言っていました。だからコメについてはもう何年も放射性セシウム濃度の基準値超えはなかったし、田畑で穫れる農産物については検出限界値を超えるようなものはない状況です。
ですから、陸上の汚染はしばらく残るでしょうけれども、安全性で問題になるような田畑の汚染や農産物の汚染はないと思います。
■海水魚はすべて制限解除―新たな風評被害
は許されない
海水魚は去年2月に出荷制限が全魚種で解除されました。今年2月22日、クロソイ一匹が基準値超過と報じられましたが、クロソイの基準値超えが一件出たからといって海水魚はダメということにはならない。クロソイも、それ以前の検査では何年も前からずっと検出限界値以下でした。むしろこの一件の数値が異常に高く、にわかには信じがたい。測定値自体は信頼できると思いますが、福島県沖のクロソイをけっして代表するものではないはずです。
ただ、魚について風評被害はいまだにあって、漁民は苦しんでいます。だからこの時期にALPS処理水の海洋放出を決めると、さらに風評被害が拡大するので漁民は海洋放出に反対しているわけで、その気持ちはよくわかります。いかに安全性を強調しようが、安全性を確約する側の東電なり政府がそもそも住民から信用されていないので、ALPS処理水については当面は陸上保管しかないと思います。
実は私は、この3月で本宮市のアドバイザー契約が終わります。市から私の意見を求められて、「いま私が放射線対策でアドバイスしなければならないようなことはほとんどないので、市としてアドバイザーを確保する必要はないと思う」と話して、契約を終了することにしたのです。福島には100回以上は行っていると思います。とくに最初の3年ぐらいが多く、当時は新幹線の回数券を何回も買って持っていました。
この話を紹介したのは、実はアドバイザー契約だけではなくて、事故から10年経って、外部被ばく検査のためのガラスバッジ測定も今年度は1回やっただけだし、ホールボディカウンターによる内部被ばく検査はやらなかったのです。新型コロナ感染防止への対応という面もありますが、やはり今年で10年という区切りの意味もあったと思います。
■どうなる「エネルギー基本計画」改定
政府としては、福島はやっぱり切り捨てたいのでしょう。オリンピックなどの話題で「福島を乗り越えた姿を示す」などと言って、事故を過去のことにしてしまいたい。原発再稼働、原発依存への布石なのでしょう。
原子力規制委員会はこれから再稼働を推進していくのだと思います。事故後、安全委員会や安全・保安院が廃止されて、規制委員会と規制庁ができ、新規制基準もつくられたけれども、やはり審査の実態も審査している人間もそんなに変わっていません。
だいたい安倍前政権は、オバマ米政権の「原子力ルネッサンス」政策に応じて、その使い走りのように各国に原発売り込みをしましたが、ことごとく失敗しました。
ドイツがこの間、30年ぐらい前までは石炭火力が6割ぐらいだったのを脱原発・自然エネルギー重視に切り替えたのとは大違いです。
ことしは「エネルギー基本計画」が改定されます。しかし、いまのところ菅政権は総発電量の二十数%は原発にするつもりで、実際にやっていることは縮小どころか原発依存を強めているような状態です。結局、そういう基調の「エネルギー基本計画」が出てくるでしょう。現在の計画だと2030年の電源構成もあまり変わっていかないから、結局、政権が「2050年までに脱炭素」 などと言っても全然あてになりません。
原発の危険性について言うと、とにかく福島原発事故を通じて、社会に導入できるようなものではないということは国民多数の共通認識になりつつあると思います。
同時に、原発の欠陥というのはそれだけではなくて、廃棄物処分問題の見通しが立っていない。日本の場合、金で処分場をつくろうというような動きになっていて、本当に安全な場所が選ばれる仕組みになっていない。
原子炉の使用済み燃料から取り出したプルトニウムをどうするかという問題もあります。プルトニウムができるからと言って、核兵器が単純に作れるわけではないですが、運転の仕方によってはプルトニウム239の濃度が高くなるように短時間運転してすぐ再処理にかけるようなやり方をすれば、インドや北朝鮮がやったように核兵器用プルトニウムとして転用される危険性があります。
これらは、IAEA(国際原子力機関)が昔から言っている原発の3つの欠陥です。
それにもう一つ、20年前の9・11同時テロ事件以降は、テロリストの攻撃目標となる危険性も、現実味を帯びてきています。また、核兵器やミサイルを保有する国がそれぞれ仮想敵国をもっていて、数分以内に攻撃目標に発射できるようなミサイルが世界に1800発もあると言われています。そんな国際政治環境の中で原発をどんどん増やしていくなどというのはありえない発想です。テロリストからすれば原発は第一級の攻撃目標になるでしょう。
こういう中で原発依存というのはありえない選択だし、そういうことをきちんと訴えていかなければならないと思います。
加えて日本は「地震大国」で、マグニチュードの大きな地震が頻繁に起きている。そして地震が起きるたびに、震源に近い原発の安全性が毎回発表される国なんて、ほかにはないでしょう。アメリカなどはそういう土地を避けて原発をつくっていますが、どこでも地震が起きる日本では避けようがない。
結局、いまの発電用原子炉は、欠陥がいっぱいあるということです。
■今年こそ原発ゼロ法案の審議・採択を
世界ではいま、コロナ禍からの回復の道を「グリーン・リカバリー」に求める流れが急速に広がろうとしています。このとき菅政権が温暖化対策を口実にして「原発の最大活用」を明記した「グリーン成長戦略」を決定したのは重大だと思います。世論調査では7〜8割の国民が「原発ゼロ」の社会を願い、圧倒的多数が「再び原発事故を招く恐れ」を表明しています。
こうした国民世論にも押されて、野党4党(当時)は2018年に「原発ゼロ基本法案」を共同提出しましたが、政府は審議さえ拒み続けて店ざらしにしています。国民多数の声を反映した法案を審議さえさせないというのは、実にひどいものです。事故から10年となることしこそ、きちんと審議して、採択すべきでしょう。
今年は秋までに総選挙があります。国民の声を政治に突きつける好機です。原発依存の菅政権に審判を下して、「原発ゼロ」への展望を切り開きたいものです。
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