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 ●政府への要請
 
【対談】「黒い雨」訴訟
国は控訴を取り下げ、被爆者救済を
〈出席者〉
池上 忍(「黒い雨」訴訟弁護団・弁護士)
増田善信(「黒い雨」研究者・非核政府の会常任世話人)
(2020.8.12)


  国・厚生労働省は8月12日、広島の「黒い雨」訴訟で原告全員の請求を認めて政府の対応を断罪した広島地裁判決を不服として、広島高裁に控訴しました。
 広島地裁判決はなぜ画期的なのか、国の控訴の不当性、問題点は何か、控訴審の展望をどうみるか等について、池上忍・「黒い雨」訴訟弁護団、増田善信・「黒い雨」研究者のお二人に、オフラインで語りあってもらいました。
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 ■喜びはひとしお

 ――「黒い雨」訴訟で広島地裁は7月29日、原告84人全員の請求を認める画期的な判決を下しました。原告の声、思いはどうでしたか。
 池上忍 やはり全面勝訴の判決なので、原告の皆さんは「やったあ!」と本当に喜びは一入(ひとしお)でした。原告の多くが「黒い雨」の区域拡大に取り組んできましたからね。広島市が区域拡大を厚労省に要請するという流れもあったのですが、それでもずっと厚労省の厚い壁に跳ね返されてきた。あとはもう司法に訴えるしかない、最後の取り組みだという位置づけで、原告の方はたたかってこられたので、「自分たちの当たり前の願いが通じた」「当然の判決だ」と受け止めていますね。
 増田善信 原告の被爆者の方たちは「本当に勝った!」と実感されたと思います。核兵器の被害というのは直接的な被害と間接的な被害があって、間接的被害の場合はいつ病気が出るかわからない不安を抱えながら生活されているわけですね。今回の広島地裁判決はそういう方々に被爆者手帳を交付すべきだということですから、本当によかったし、優れた判決だと思います。

■内部被曝の脅威明るみに

 ――「黒い雨」訴訟の意義は?
 池上 内部被曝が健康に与える影響について、原爆症認定訴訟判決でも触れてはいたのですが、メインにはなっていませんでした。しかし今回、「黒い雨」というのは放射性微粒子を含んでいて、それを体内に摂取することにより健康被害をもたらすということを正面にすえたたたかいをした。放射線の怖さ、国が隠蔽しようとしている内部被曝の脅威を裁判の中で明らかにしていきたいという思いがあって、それがこの訴訟の大きなバックボーンになっていました。そういう意義があるというふうに私は考えています。
 増田 今回の判決はある意味、これまでの判決とは質的に違ってきているのではないでしょうか。というのは、確かに地域拡大という問題は、「黒い雨の会」の皆さんの要求ですが、同時に、実は放射線の影響が内部被曝にも及んでいる可能性があるという、核兵器の持つ非人道性の問題がその根底にあって、それを具体的に示したのが今回の判決だと思っています。
 池上 この運動は、「宇田雨域」の中の「大雨域」を特例区域にして、その外側の範囲で「黒い雨」を浴びた被爆者は認定の対象にならないとしてきたことに対し、これは誰が考えてもおかしいではないかということから始まったのです。
 この運動が一審判決につながった大きな要因の一つは、私たちには広島市や広島県を巻き込まなければいけないという考えがずっとあって、県や市に働きかけを行なってきたことです。マスコミにかなり丁寧に訴え、ほとんどのマスコミがこの問題を好意的に報道してくれたことも、大きな要因になりました。
 ただ、「黒い雨」の問題を広島だけに限定するのではなく、もっと全国的に問題提起し、連携を広げていけばよかったという思いがありますので、そこはこれから控訴審に向けて強めていきたいと思っています。
 増田 やはり弁護団が被爆の実相にもとづいて争われたことがよかったのではないですか。
 池上 そうですね。科学論争に終始しない、させないという方針で臨んだのですが、その辺りを一審判決は理解してくれて、放射性微粒子の有無とか程度とか放射線量とかを被告(国)は問題にしているが、この(「402号通達」の)制度ができたときには、そういうことは問われていないでしょう。それ以降もそういうことを問題にした形跡はないでしょう。裁判になって国はそんなことを言い出している。これは相当ではありません≠ニいうことをきちんと書いているんですよ。
 これは湯崎広島県知事も言われたんですが、国は「科学的根拠」を求めているけれど、この制度は黒い雨が降ったとか、急性症状を発症したとか、黒い雨が降った地域の川の魚が死んだとか、そういう物理現象に着目してつくられた制度なんです。
 増田 だいたい国は「科学的根拠」云々と言うけれど、75年前のデータはないわけですからね。
 池上 そうなんですよ。データにもとづいて検討するということは基本的にできないわけで、国はそういうことを承知のうえで原告らに無理を強いる。一審判決は、そういう国の態度はいかがなものか。これは相当ではない≠ニ言っているわけです。原爆症の裁判でも国はずっと厳密な科学的根拠が必要だということを言い続けてきているわけで、まさにこのことにも影響を与えるような判決だと思います。

■重視された「増田雨域」

 ――この裁判では、増田さんがライフワークにしてこられた「増田雨域」が重視されていますね。
 増田 私は「増田雨域」が初めてオーソライズされたという点で喜んでいますが、今回の判決が黒い雨が降ったという事実を、被爆者援護法の中に援護法の精神で取り込む重要性に言及している点が画期的な成果だと思っています。
 私が「黒い雨」を再調査するようになったきっかけは、1985年の原水爆禁止世界大会に参加して「核の冬」について話し、その話の中で「宇田雨域」について説明したところ、「黒い雨の会」事務局長の村上経行さんが「黒い雨」の雨域には迷惑していると言わんばかりの発言をされたことでした。
 私は驚いて、休憩になるのを待って、村上さんのところに行きました。村上さんは「増田さんは気象の専門家だそうですが、原爆投下後の激しい積乱雲から降る雨が、『宇田雨域』のようなきれいな卵型になると思いますか」と言われました。私は頭を殴られるようなショックを受けました。激しい積乱雲から降る雨の雨域が、あんなきれいな卵形になることはないので、私は即座に「私の責任で再調査しましょう」と約束し、そこから私の研究が始まったんです。そういう中で大変多くの方の協力を得て「増田雨域」ができました。
 池上 今回の判決は、3つの雨域のなかでも「増田雨域」が一番信頼できると評価しているので、増田先生ご苦労様でした≠ニいう思いでいっぱいです。裁判所は「増田雨域」を極めて信用できる≠ニいう評価です。国は原爆症認定集団訴訟でも、今回の裁判のなかでも(「増田雨域」は)区域拡大運動に乗っかった調査なので、信用できない≠ネどと言って無視しようとしてきましたから、私たちもなんとか国にギャフンと言わせたいという思いでいたので、本当にほっとしています。

■国は控訴撤回を

 ――国・厚労省の控訴の問題点は何でしょうか。
 池上 国の控訴は、高齢となっている被爆者をさらに苦しめるものでしかありません。また、国は控訴審で「科学的根拠」を求め、内部被曝を矮小化しようとしてくるでしょうが、これが不当であることは明らかです。
 先ほどふれましたが、この「402号通達」の制度は国が作ったんでしょう、それをずっと国は運用してきたんでしょう、ということです。それは確固たる制度ですが、制定当時、科学的・合理的根拠が問われたことはない。放射性微粒子の有無とか、100ミリシーベルト以上の放射線量がないと影響が出ないというような議論も全然されてない。そうではなくて、物理現象に着目して国が作った制度なのだから、運用上、援護法の趣旨に則って充実したものにすれば、雨域はもっと拡大しているはずだ、きちんとした調査結果「増田雨域」があるではないかと、私たちが国の不当な主張に反論していけば、国はなかなか間違っていると言えないのではないか。それほど国の主張の不当性は明らかだろうと思います。
 増田 国は地域拡大を検討するなどと言って控訴を決めましたが、降雨域全体に広げるのならいざ知らず、わずかな地域拡大では、被爆者援護法の適用をめぐって、また差別が起こることは必定です。国は、再び被爆者を苦しめるような控訴は撤回して、地裁判決を実行してもらいたい。これは率直に言って控訴決定を受けた時の私の感想です。

■冷酷な被爆行政の背景

 ――今回の国の控訴に示される冷酷な被爆行政の背景、根底にあるものは何でしょうか。
 増田 被爆から75年を過ぎてなお被爆者を救済しない国の被爆行政の冷酷さは異常です。私は、国・厚労省が控訴した大きな理由の一つは、一審判決が長崎や福島第一原発事故の被爆者などの被爆地域に拡大されることを恐れているからだと思っています。
 もう一つ、国の被爆行政の背景には、やはりアメリカの核戦略への影響は避けたいという政治判断があると思います。率直に言って、内部被曝の問題がこれだけ大きく争点化されてくると、アメリカの核戦略に影響してくると思います。そういう意味では、核兵器禁止条約の批准や発効を見すえて、控訴審に向けて国際的に訴えることも大事ではないでしょうか。
 実は私は先日、放射線の被害を考える学習会で「黒い雨はどこまで降ったか」という講演をしたんですが、今、それを英文にして〈YouTube〉 にアップしようという動きになっているんです。「黒い雨」の問題がアメリカに伝われば、アメリカ国内の世論を大きく変える可能性があると思います。
 池上 私も増田先生のお話の通りだと思います。内部被曝の脅威が明るみになったことは、アメリカに追随している国とすれば、原発や核兵器政策との関係であってはならないことだということで、必死に火消しにかかっているのだと思います。
 それともう一つ、予算の関係もあるのではないかという気もします。原爆症裁判でも問題になっていることですが、国はいま「そもそもこの人は病気にかかっていない」という反論をしてくるのです。以前は、原告がその病気にかかっていることは認めたうえで、しかしそれは放射線が原因ではないという主張だったんですが、今はこの人はそもそもそんな病気にかかってないと主張して切り捨てようとする。要医療性がないということで、たとえば、がんになっても5年経ったら医療特別手当の支給を打ち切ってしまうわけです。しかし、これは国家補償的な制度ですから、予算の関係で救済の幅を狭めようとする国の考え方、対応は間違っているんですが、どうもそういう予算がらみの影響があるのではないかという気がします。

■国を包囲する世論づくりを

 ――国・厚労省の控訴から1ヵ月経ち、今後、たたかいの場は控訴審に移ります。今後の流れ、展望はどうなりますか。
 池上 控訴審はまだ第1回目の期日も決まっていません。ただ広島高等裁判所3部で継続することが決まったという旨の連絡が2日前(9月9日)にありました。こちらとしては、原告は高齢ですので、1回結審をめざしています。
 実は、先ほどふれたように、一審判決は「402号通達」の制度を充実させるべきだという観点から書いていて、国側がなかなか反論しにくい中身になっているわけです。その意味では、1回結審も期待できない話ではないと思っています。
 増田 「黒い雨」問題は広島だけの地域限定的な問題ではないので、同じ問題に取り組んでいる長崎の団体などとの連携も大事になってくるのではないでしょうか。
 池上 そうです。これまであまりやってこれなかったのですが、長崎の弁護団や原爆症認定の運動とも緊密に連携をとっていくことが大事だと思っています。広島県や広島市にも、もっと勇気を出すように働きかけていきたい。それからやはり、党派を超えて議員に働きかけたりマスコミにもさらに訴えて、国・厚労省を包囲する世論作りに力を入れたいと思います。
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 ○池上  忍(いけうえ・しのぶ)さん 弁護士。「黒い雨」訴訟弁護団・原爆症認定集団訴訟弁護団・3号被爆者訴訟弁護団、自由法曹団全国常任幹事として幅広く活動。広島弁護士会所属。
○増田 善信(ますだ・よしのぶ)さん 気象学者。「黒い雨」研究者で「増田雨域」の提唱者。非核の政府を求める会常任世話人として核兵器や原発問題でも活躍。 
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