10年目を迎えた福島第一原発事故の現状と課題
野口 邦和さん(元日本大学准教授〈放射線防護学〉・本宮市アドバイザー)に聞く (2020.3.15)
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東京電力福島第一原発事故から10年目を迎えました。丸9年を経て原発事故の教訓は生かされているのか、福島の復興はどこまできたのか、住民のくらし・生業は戻ったのか、事故収拾にむけた対応・展望をどう見るか――。
現地・本宮市の放射線健康リスク管理アドバイザーで元日本大学准教授の野口邦和さんに、福島原発事故の現状と課題について聞きました。 |
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■事故の教訓は活かされたか
2011年3月11日に始まる福島第一原発の過酷事故は、国際原子力事象評価尺度(INES)でいうと、1986年4月26日の旧ソ連チェルノブイリ原発事故と同じ「レベル7」でした。これは「深刻な事故」に相当し、これを超える数値はありません。
政府がこの事故の教訓を活かしたかというと、活かしていないわけではない。民主党政権時代でしたが、当時あった原子力安全・保安院は原発を推進する側の経産省の外局である資源エネルギー庁の特別の機関でした。保安院を廃止し、原子力を規制する立場を鮮明にする意味で新たに環境省の外局として原子力規制委員会を作りました。福島原発事故を踏まえ、規制委員会が従来の規制基準を強化するとともに、過酷事故対策とテロ対策を取りいれた「新規制基準」を設けました。テロ対策として、特定重大事故等対処施設(特重施設)を工事計画認可から5年以内に作れないと、その原発は停止しなければならなくなった。現に九州電力川内原発1号機は今年3月、同2号機は6月に相次いで停止する予定です。
では教訓が十分に活かされたかというと、まだ福島原発事故は片づいていないし、不明な点もある。とくに安倍政権になって忖度政治がはびこり、原発対応もだいぶ変わってきた。とにかく政府により再稼働が積極的に進められるようになった。
私は福島事故を考えるとき、やはり政府が作る「エネルギー基本計画」が問題だと思っています。これは2002年に成立したエネルギー政策基本法にもとづいて、3〜4年に一度改訂されることになっています。民主党政権が2012年9月に発表した「革新的エネルギー・環境戦略」は、「2030年代に原発稼働ゼロを可能とする」と謳っていました。ところが安倍自公政権になってから、そういう文言はなくなった。現行のエネルギー基本計画では原発を「ベースロード電源」と位置づけ、規制委員会が新規制基準に適合すると認めた原発についてはその判断を尊重し、再稼働を進めるとしている。「安全性を全てに優先」とか「可能な限り原発依存度を低減」といった言葉は並んでいますが、再稼働を進める枕詞化しており、中身がない。反省の言葉が修飾語みたいになっていて、事故の教訓を全然くみとろうとしない。それがいまの政権の大きな問題点です。
〈国民世論、住民運動が力に〉
事故の教訓ということで言えば、この9年余に原発に対する世論が大きく変わり、再稼働に反対する全国各地の住民運動の盛り上がりがあると思います。
今年2月時点で廃炉にすると電力会社が公表している原発は24基ありますが、その多くは福島事故後に発表されたもので、事故前には考えられなかったことです。これは事故の大きな成果だと思います。新規制基準ができて、適合性審査に合格した原発については再稼働を認めることになっていますが、現に再稼働を認められたものはこれまで9基しかない。
そういう点では、国民の多くが再稼働に反対してきたし、厳しい規制を行政に要求してきた。行政もそれを一定程度受け容れざるをえない状況が作り出されていることも確かだと思います。福島事故が起こるまで、大量の放射能漏れ事故で大規模な住民避難を必要とする事態は幸い日本では起きてなかった。だからこそ「安全神話」がはびこる状況もあったのですが、現実に過酷事故の深刻さが見えてくると、住民が地元にある原発について厳しい規制を求め、各地で再稼働反対の住民運動が起こるのは、当然のことです。
専門家、研究者が果たしている役割も大きい。それまで「御用学者」と呼ばれる政府系学者の話しか国民には伝わらなかったのですが、政府に従っていればいいというわけではない。専門家として言うべきことは言わなければと情報を発信する研究者が増えていることも確かだと思います。
裁判も変わってきました。これまでだと運転の差し止めといった行政訴訟で原告(住民)はまず勝てなかった。被告は国や電力会社で、原告勝訴は原発を止めることに繋がるからです。福島事故以前にはほとんど考えられなかったことですが、福島事故後は地裁で勝てる、高裁でも勝てる場合が出てきた。これもやっぱり国民の意識の反映であるし、「安全神話」に対する反省から、火山の影響や、原発敷地内に活断層があるかどうかなどをめぐって、電力会社や国の責任を厳しく問う判決が出るようになっています。
■避難指示解除のいま
帰還困難区域の避難指示解除ですが、事故原発のある大熊町と双葉町、富岡町については、今年3月にJR駅前を中心にほんの一部が先行解除されました。3月14日には不通区間の富岡―浪江間で運転が再開し、9年ぶりに常磐線が全線繋がった。喜ばしい動きですが、ほとんどの帰還困難区域の避難指示は続いており、復興の一歩に過ぎない現実もあります。
避難指示解除市町村の「居住率調査」があります。帰還率ではなくて、避難した人数に対していまそこに居住しているのは何人かという調査ですが、昨年2月20日のNHKニュースで紹介されたデータと、新聞に出ていた今年1月末または2月1日の数値を比べると、例えば田村市では居住率が81・4%から84・5%、川内村は38・9%から41・4%へと、少しですが上がってきています。
事故から9年も経つと、避難先で安定した生活が得られるようになっていれば、必ずしも元の居住地に戻るのがいいとは限らない。それは各自・各家庭の選択になるでしょう。ただ、避難していた人の多くは農家です。先祖代々の土地で作物を育て、それを生業にしていた人からすると、やっぱり戻りたいという強い思いがある。そこはやっぱり事故前の状況に戻すのが行政と電力会社の責任だと思います。そういう点では、復興はまだまだ初歩的な段階です。
原発の放射能漏れ事故というのは、やはり簡単に片づくはずがない。双葉町が昨年秋に行った住民意向調査では、「戻りたいと考えている」との回答は10・8%にとどまり、「戻らないと決めている」が61・5%、「まだ判断がつかない」が25・6%でした。双葉町は第一原発のあるところで、これから何十年かけて収束できるかどうかという話ですから、調査結果は当然の数値ではないでしょうか。廃炉作業にしても、原子炉格納容器の中には核燃料が溶けて固まった放射性物質のデブリが何百トンとあって、それが先々、環境に漏れ出さないかという心配も当然あると思います。
原子炉の事故は、半減期の長い放射能の割合が多く、時間が経てば経つほど半減期の長い放射性セシウムや放射性ストロンチウムなどが残る。原発の放射能漏れ事故は収束するまでに長時間を要し、本当に厄介です。
■海魚は出荷制限解除――農漁業の生業は
福島県内の農産物も水産物も、放射能濃度はかなり減っています。
水産物でいうと、去年の12月の段階で出荷制限があったのはコモンカスベという底魚1種類だけです。海の魚については今年2月25日には、出荷制限が全部解除されました。ただ川魚については、基準値超えのイワナなどが一部に依然ありますが、全体としては着実に下がっている。
海の魚は出荷制限が解除されたのですが、新聞報道によると、2019年の漁獲量は3584トン、震災前の2010年の14%にとどまっている。漁獲量はまだ十分の一でしかない。いま「ALPS」(アルプス=多核種除去設備)で処理したトリチウム汚染水の処分をめぐっていろいろ議論されていますが、このうえALPS処理水を海洋放出することになればどれだけ風評被害が拡大するか、漁業者の気持ちは理解できます。風評被害を抑制する対策がとられないまま海洋放出するとかしないとか、そういう話だけが先行している。そこはやっぱり安倍政権、行政側の姿勢によるもので、問題です。
農業はどうか。いままで市場に出回っている農産物は県が検査しています。市場に出回らない自家用農産物という生産者が食べるものについては、希望すれば各市町村が検査してくれます。本宮市について言えば、今ではその「希望すれば」という数が激減しています。つまり、これまでの検査結果から経験的に検査するまでもないということがわかるため、心配する人が激減している。でも耕作地は汚染している所もあるので、放射能濃度がかなり低くなったとはいえ、自家用農産物の検査態勢は当面維持しようと市の担当部局と相談しています。実際、県全体では農業もまだ事故前の状況には戻っていないし、風評被害も残っている。県はコメについてはこれまでの検査結果を踏まえ、2020年産米から全量・全袋検査をやめ、地域の状況に応じた抽出検査に移行すると決めていますが、当然のことだと思います。
外部被ばく線量の測定も、本宮市は2011年9月からガラスバッチで3ヵ月ずつ実施してきました。2018年から6〜8月の3ヵ月、年1回にすることにしました。3ヵ月ごとの線量があまり変わらなくなったため、年1回でも被ばく線量の算定は十分信頼性を持って算定できるからです。そんなふうに検査も、事故直後と比べると簡素化されてきています。それは決して手抜きではなく、それで十分信頼に足る値が算定できるという判断があるからです。測定結果は市のホームページや広報で公表しています。
住民のなかからも「もう線量が低いのだからガラスバッチの測定をやめて、予算をほかのことに回したら」という声が出ています。もちろん、「まだ続けてほしい」という声もあり、その辺の兼ね合いもあって年3回から1回にした。その年1回の検査も、いまも続けている自治体は本宮市ぐらいではないでしょうか。そんなふうに変わってきています。
■汚染水、汚染土の処理問題
汚染水問題でいまいちばん話題になっているのは、ALPS処理水をどう処分するかという問題です。トリチウム汚染水は今年3月5日現在112万トンあり、いまある貯蔵タンクの置き場が2022年夏頃に満杯になるという。ではどうするかということで、国の「多核種除去設備等処理水の取り扱いに関する小委員会」は海洋放出しかないという方向にもっていこうとしています。ただ、この小委員会というのは、専門家が多数入っていますが、とりまとめ役は事務局の経産官僚です。官僚がとりまとめるから、議論を必ずしも十分に踏まえずにまとめたりして文句も出ている。ここが海洋放出を推奨しているわけです。「処理した水の取り扱いについて、風評被害など社会的な観点等もふまえて総合的に検討する」ことになっているけれども、風評被害も含めて十分に検討している感じはしない。風評被害にどう対応するのかが見えない。小委員会の議事録や会議資料を見ると、官僚主導で進められていて、専門家は要するに、言葉は悪いですが国の口実づくりのための道具にされている感じです。
海洋放出について言えば、安全性についてはたぶん大部分の専門家はあまり問題にしていない。「タンカーに積んでいって沖合に放出できないか」と言う人もいますが、「海洋投棄防止条約」(ロンドン条約)があって、低レベルのものでも公海に投棄してはいけないことになっているし、日本はこの条約を批准している。領海内で捨てる場合は国内法で濃度規制がある。希釈すれば海洋放出できることになっています。
問題はやはり風評被害の影響でしょう。事故によりこれまで散々痛めつけられてきた県の漁業関係者は、まだ元の生業に戻っていない。それにもかかわらずこれに追い打ちをかける風評被害の拡大は絶対に避けなければならない。そこは政府が丁寧に説明し、風評被害の抑制対策にしっかり取り組まなければならないのに、その姿がまったく見えません。
もう一つ、東電はALPS処理水のタンク置き場の土地がなくなると言っていますが、土地は敷地の外側に十分あり、購入すれば何とでもなる。汚染土の中間貯蔵施設は土地を買って作ろうとしているわけですから、東電も第一原発の周りの土地を買ってタンク置き場にすればいいし、県民の多くも海洋放出ではなくタンクでの貯蔵がいいと思っているのに、東電はそれをやらない。国も東電も海洋放出ありきで、その辺りが私には信用できない。
一つ言っておきたいのは、ALPS処理水の処理にかかわって東電が自らやると言ったことをいまだに実行していないことです。2年前に、ALPS処理水の85%が、トリチウム以外の放射性物質の濃度が排水の基準値を超えていることがわかって、東電は、濃度の高いものは再度浄化して基準値以下に下げると言っていました。しかし、あれから2年近く経つのにまだやっていない。住民には今後もいろいろ不自由・不便をかけるわけだから、信頼関係が構築できないと何をやるにしても困難になるのに、いちばん大事な国民との信頼性を軽んじていると思います。
汚染土の状況ですが、本宮市の場合、地区ごとに造った仮置き場に置いた汚染土は徐々に掘り出して中間貯蔵施設に移しています。中間貯蔵施設はいまも造り続けています。県はモニタリング用のリアルタイム線量測定システム3000台を徐々に減らすことにしています。汚染土がまだ市内の仮置き場にある状況下では、いまの測定システムはそのまま残してほしいと本宮市は要望しています。
■事故現場の現状――デブリの取り出し
燃料デブリの取り出しは、2021年に始めると思います。「2号機から着手」と言っています。2021年に始めることは始めるが、一つの事故炉について何百トンものデブリがあるなかで、おそらく取り出すのは少量でしょう。でも、とにかく東電と政府は予定通りやりましたという話にはすると思います。
それはいったい、どこまで信用できる話なのか。使用済み燃料のプールの取り出しという話もいい加減なものでしたから。あれも最初の2年間に取り出す準備をして、2013年に4号機の取り出しを開始し、1年間かけて取り出しは終わった。そこまではほぼ予定通りだった。だけど、残りの使用済み燃料プールの燃料はその後の7年間で全部取り出すことになっていたのに、3号機は566体のうち98体を取り出しただけ。1、2号機については全然取り出せていない。
汚染水にしても、地下水は相変わらず1日150〜200トンが建屋に入り込んでいる。「建屋内の滞留水処理完了」は2020年内となっていますが、今年がその2020年です。建屋内の滞留水処理完了といっても、「1、3号機の原子炉建屋、プロセス建屋、高温焼却炉建屋を除く」と言っているので、残る建屋はタービン建屋の話でしかない。それを建屋内滞留水処理完了というのは、かなりいい加減です。
ですからデブリ取り出しも、2021年から始めるとは思いますが、しかし最初の取り出しは2号機からグラム単位で取り出せるかどうかです。それでも予定通り着手した話にするのでしょうが、実際、そこから先はわからない。仮にそこで少量取り出せたとしても、その同じやり方が1、3号機に適用できるかどうかもわからない。ちっとも予定通りには進んでおらず、実際は相当遅れていると思います。
取り出したものの廃棄物対策も、「廃炉・汚染水対策関係閣僚等会議」のロードマップでは2021年度頃に技術的な見通しをたてるという話ですが、そこは計画というより東電と政府の願望に過ぎず、十分に科学的・技術的な裏づけがある話ではない。
事故現場ではいろいろ苦労しながら真摯に取り組んでいると思います。しかしなにしろ世界に類例のない事故対応ですし、しかも放射能が強くて中に入って確認しながら進めることもできない。暗闇の中を手探り状態で進んでいくような感じだと思います。
■「エネルギー基本計画」で原発再稼働を明示
安倍政権は、「エネルギー基本計画」で原発再稼働を明言しています。文言では「福島第一原発事故の経験、反省、教訓を肝に銘じて取り組む」、「原子力については安全を最優先し、再生可能エネルギーの拡大を図る中で可能な限り原発依存度を低減する」などと言っています。しかし一方で、「エネルギー自給率を、2030年度は再生可能エネルギーの導入促進や、原子力規制委員会により世界で最も厳しい水準の規制基準に適合すると認められた原子力発電所の再稼働を通じて24%にする」としている。原発の再稼働を進めると明言しています。
「発電コストが低廉で、安定的に発電することができ、昼夜を問わず継続的に稼働できる電源」、すなわちベースロード電源として、地熱、一般水力、原子力、石炭をあげています。だけど、原発が安定的に発電できるベースロード電源と言えるかどうかは、福島事故後の状況を見れば「それはないだろう」となると思います。原発は一時期、全然稼働してなかったわけで、そんなものに依存するわけにはいかない。しかし、「原子力発電所の安全性については原子力規制委員会の専門的な判断に委ね、原子力規制委員会により世界で最も厳しい水準の規制基準に適合すると認められた場合はその判断を尊重し、原子力発電所の再稼働を進める」というエネルギー基本計画がある限り、政府、電力会社は再稼働を進めるでしょう。
「エネルギー基本計画」は日本のエネルギー計画の最上位の計画であるにもかかわらず、そこで福島事故が枕詞化しているのがいちばんの問題ではないかと思います。安倍政権のもとで「2030年代に原発稼働ゼロを可能とする」という方針も変更し、聞こえのよい枕詞を使って再稼働を進めることになっている。ここをどう打ち破っていくかが私たちに問われていると思います。
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