特定秘密保護法案
「知る権利」奪い、国民監視・弾圧の悪法は撤回を |
| 新原 昭治(国際問題研究者・非核の政府を求める会核問題調査専門委員)(2013.11.15) |
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厳罰の脅しで国民から「知る権利」を奪う弾圧立法・「特定秘密保護法案」(以下、秘密保護法)の審議が、根強い反対世論を押し切って衆院で始まりました。政府は12月6日の会期内成立を企図しており、国民が反対の声をあげることが強く求められています。
ワシントンの米国立公文書館などでアメリカの解禁公文書を入手し、核密約など一連の日米密約や、隠されてきた日米安保条約下の真相を明らかにしてきた国際問題研究者の新原昭治さんに、この法案の問題点などについて聞きました。
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■監視社会づくり狙う
安倍内閣が出した秘密保護法は、国民に対する弾圧立法です。
政府は、これまで憲法第9条により制約されると歴代政権が説明してきた「集団的自衛権」を、このさい合法化しようとしています。海外で自衛隊が、アメリカ軍と共同の軍事行動を無制限にできるようにするためです。
そんな「戦争国家」体制づくりの動きと一体の関係にあるのが、国民から「知る権利」を奪い、国民を監視する秘密保護法です。
秘密保護法は、「防衛」、つまり軍事の分野をはじめ、外交も含む一連の範囲のものを「特定秘密」と指定するとしていますが、その秘密の範囲は行政府の機関の責任者が勝手に決めるというもので、これが秘密保護法の核心にすえられています。
しかも、何が「秘密」かさえも、秘密にされるのです。国民には秘密保護法の運用自体が知らされない。
これでは逮捕、起訴されても、どんな秘密情報に接近しようとしたかさえ、知りえないことになります。憲法第9条とは根本的にあいいれない、実にひどいものです。
それは国民を監視して、主権者である国民を、国の政治と軍事化のきわどい真実から遠ざける役割を果たすとともに、国民を抑圧する道具になるでしょう。
安倍首相が高く評価してやまない彼の祖父、岸信介元首相が、日米安保条約改定交渉の開始数日後の1958年10月、突然、国会に提出して野党や国民多数の総スカンを食い廃案になった、私生活を含む国民の自由を奪おうとした警察官職務執行法(警職法)改悪案の国会提出と二重写しに思えてなりません。
戦前の暗黒支配そのものの軍事優先の社会に戻そうとする秘密保護法は、許せません。
私は戦前から戦中にかけ、政府が民主主義を弾圧し、日本による侵略戦争の真実をひたすら隠蔽するために国中にばらまいた大本営などの「当局情報」のせいで、多くの国民もそうでしたが、さんざん騙された苦い経験を持っています。
中学2年で戦争が終わった時、同学年の学友たちみんなと共有したのは、嘘をついた大人≠ヘ許せないという気持ちでした。国民から真実を知る権利を奪った政府が、計画的に、私たちを侵略戦争の道連れにし、アジア諸国民などに対する国の戦争犯罪の共犯者にした結果だったのです。当時十代の半ばでしたが、二度と国家の行為によって国民が政府の嘘を信じ込まされ、わが国が戦争の道に進むのを許してはならないと強く決意したものです。
あの野蛮な侵略戦争と軍国主義を過去のものにして、国民が手にしたのが現憲法であり、国民が主権者という大原則です。国際社会の理性と平和への流れとも合致する、日本国憲法の主権在民の立場を頭から否定する秘密保護法は、とうてい許せません。
■海外メディアも警告
秘密保護法に対し活発な反対運動と批判的世論が広がっています。
日本ペンクラブ、日本弁護士連合会、日本新聞協会はじめ、法律や言論の分野で活動している人たちが廃案を主張し、一連の大新聞や地方新聞も秘密保護法反対のキャンペーンを展開しています。全国的規模での憲法学者、メディア法学者、刑事法学者らによる共同の秘密保護法反対表明もおこなわれました。多くの平和団体、民主団体をはじめ各分野の諸団体も次々に立ち上がっています。
秘密保護法問題への海外の反応で目をひいたのは、アメリカの代表的新聞「ニューヨーク・タイムズ」10月29日付社説でした。
「日本のイリベラルilliberalな秘密法」と題して、「市民的自由をひどく傷つけ、東アジアで日本政府へのいっそうの不信を呼び起こしかねない」と批判しました。イリベラルを「反自由主義的」と訳した新聞が多かったのですが、語源は「自由人にふさわしくない」という意味のラテン語です。自由人にふさわしくない秘密保護
法≠ニいう意味です。
アメリカは軍事秘密があふれる世界最大の軍事国家です。そのもとで「ニューヨーク・タイムズ」はかつて、ベトナム戦争開始の秘められた原因と歴史をリアルに分析した国防総省秘密研究『ペンタゴン・ペーパーズ』を、政府高官ダニエル・エルズバーグの暴露によって、長期連載したことがあります(1971年)。米政府が連載差し止め提訴をしたものの、連邦最高裁は却下せざるをえませんでした。それは真実の報道のたたかいのせいであり、そのたたかいが多くのアメリカ国民の共感を得たせいでもありました。
7000ページの秘密文書を暴露したエルズバーグは、国防総省内部の研究に参加し、ベトナム戦争が米国の戦争犯罪であることを知ったからだと、『ペンタゴン・ペーパーズ』暴露の動機を明らかにしました。
国民が真実を自分のものとするたたかいは、いまもアメリカでは続いています。ウィキリークスによる秘密電報暴露についても、ワシントンの民間資料館ナショナル・セキュリティ・アーカイブ代表のトマス・ブラントンは、米下院法務委員会の聴聞会で、「政府があまりにも多くの秘密をつくりすぎるのが最大の問題だ」と強く批判しています(2010年10月)。そして、何もかも秘密にしすぎる傾向こそがあらゆる漏洩問題の根源になっているという指摘を、元政府関係者などの証言を通じて雄弁に語ったのでした。
■政府犯罪としての
核密約の追及阻害も
ところで、わが国で核密約究明に取り組んできたジャーナリストの一人、共同通信社の太田昌克編集委員は、10月30日の配信論評で、「ジャーナリズムの危機だ」と題して、秘密保護法の危険性を問題にしました。同氏は日米核密約の存在を外務省側から裏づけたみずからの取材体験を披露。歴代外務次官経験者を取材して、米軍による核持ち込みに関する「核密約の管理実態を明らかにした」ところ、政府高官から呼び出された事実(2009年)を告発しています。
太田氏はその高官から、「元公務員が取材対象とはいえ、国家機密を聞き出し暴露したため、国家公務員法違反の教唆犯になると直言された」と述べ、「何とも言えぬ不気味さが臓腑に沈殿したのを覚えている」と書いています。そして、秘密保護法が成立したら「記者を訴追しやすい司法環境が整う」と警告して、「権力監視と政策検証を阻害し、ジャーナリズムを窒息させかねない悪法など断じて認められない」と強く警告しています。核密約をあくまで覆い隠す狙いから、真っ当な取材をおこなうジャーナリストを教唆犯∴オいする政府当局者への憤りで、身が震える思いがします。
歴代政府は1957年の岸信介内閣以来、わが国に核兵器を持ち込ませないと国会でくり返し約束してきました。佐藤榮作首相は1967年に、核兵器を持ち込ませずを含む「非核3原則」を政府の公的立場と公言。以後、くり返し非核3原則を「国是」と定義しました。この「国是」に違反する行為を、対米核密約を含め、取材し暴露し告発することは、非核の日本実現のためのきわめて正当な行為であり、勇気ある取材ないし調査として称揚されるべきものです。
それにもかかわらず、政府高官がそのような脅しをしたということは、国民が許すことのない重大な権力犯罪へのみずからの加担を自己認識しているせいでもあります。
秘密保護法によって守ると政府が称する「国家秘密」には、このように憲法の第9条や首相の公式の非核言明などに照らして、とうてい許されるはずがない政府自身の重大な犯罪行為が含まれることが、この一件から明らかになります。
日本政府は、今国連総会で、核兵器は「非人道的」であるがゆえに、その使用の禁止・廃絶をすべきだとする共同声明に署名しました。しかし他方で、「核抑止」政策も支持しています。「核抑止」に、核兵器使用の選択肢が含まれていることをアメリカ政府自身も否定していません。
日本政府が、「核抑止」政策を肯定しているかぎりは、核兵器の廃絶、日本の非核化はできないことになります。しかし、秘密保護法が通ったら、国の進路や、国の核兵器政策のあり方をめぐるこうした鋭い論点とかかわる事実関係いっさいが、故意に国民の目から覆い隠されることになるでしょう。
それは、民主政治の終焉を意味することになるでしょう。
■安倍政権が推進する
「血の同盟」深化の危険
安倍内閣が推し進めている、集団的自衛権の全面容認の動きは、わが国の今後に極めて深刻な危険をもたらさずにはおきません。
すでに述べましたが、中国や東南アジア諸国への侵略戦争、そして朝鮮の植民地支配に終止符が打たれた1945年の意味を、私たちはあらためて考えてみる必要があります。
当時、明日の日本を担うことになると考えた私たち若者は、思想的、政治的な立場はまちまちであっても日本の大人は、親も教師も政府も報道機関も、なぜあの戦争を「聖戦」と自分たちに教えてきたのか≠ニいう強い批判を共有していました。あのような戦争の誤りをくり返させないことが、戦後すぐ私の身近にいた友人たちに共通した、旧制中学生から新制高校生になる頃の決心でした。
しかし、過去の戦争における日本の犯罪的役割を直視し、それを繰り返させまいとする歴史観の対極の地点に立って、安倍内閣は米軍事戦略に追随し、日米共同作戦体制を広げながら、この秘密保護法によって政府の実際の行動そのものに、秘密の煙幕を張り、国民に真相が見えないようにしようとしています。
そして、「秘密情報」を探ったとか書いたとか言い張りさえすれば、国民を重罪に陥れることのできる仕組みをつくろうとしているのです。憲法9条のもとでこんなことが許されていいのかという原点の問題を、どなたにもぜひ考えてもらいたいと思うのです。
秘密保護法で大事なことは、政府の秘密文書を調べようとする人とか、ジャーナリストとか、物書きなどだけの問題、一部の人だけの問題ではけっしてないということです。日本が二度と戦争をしないようにしようと声をあげる人、日本を核戦争の協力者にしてはならないと決意している人までが、この法律のもとでは、政府の一方的独断で犯罪者にされかねないということに、思いをいたしてもらいたい。秘密保護法の問題を、自分とは関係がない問題だと、けっして狭く考えないでほしいのです。
安倍首相はかつて、第1次安倍内閣の成立以前の時期に、『この国を守る決意』(2004年・共著)でこう言っています。
「私の祖父(岸信介)が1960年に日米安保条約を改定した。これによってぎりぎりの努力の結果、日米安保条約に5条と6条が入った」。5条は米軍との共同軍事行動条項で、「反対もあったが祖父の世代はぎりぎりの責任を果たした。これからの我々の責任はこの日米安保条約を堂々たる双務性にしていくことだ。言うまでもなく軍事同盟というのは血の同盟≠セ」。
「日米安保をより持続可能なものとし、双務性を高めるということは、具体的には集団的自衛権の行使だ。この問題から目を背けて我々の安全保障はない」。
いままさに、第2次安倍政権は、こういう安倍首相その人の考え方にそって、かつて岸信介が選択した、改定日米安保条約による日米共同作戦体制の全面化、海外派兵「自由化」の道を突っ走ろうとしているのです。恐るべき暴挙です。
それに向けた、きわめて重大な突破口として、秘密保護法の制定が位置づけられているのです。これに対し国民各層・各界の秘密保護法反対の運動は、大きく広がってきてはいますが、まだ同法案の危険性に対応するだけの規模とスピードにはなっていないように思われます。
全国の非核の政府を求める会のみなさんと力を合わせて、早急にさらに広い国民的な世論と運動へと前進しなければいけないと強く感じています。 |
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