| 2009年・年頭声明 |
| 非核の政府を求める会常任世話人会 |
| 2009年2月5日 |
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被爆から64年目の2009年──国民の皆さんの多くが、核兵器廃絶へ“潮目が変わった”との思いで新年を迎えられたのではないでしょうか。実際、一昨年の元米政府高官らによる核兵器廃絶の提唱とこれに呼応する動きは、年明け以降も新たな広がりをみせています。オバマ米新政権は「米国は核兵器のない世界をめざす」との外交政策を明らかにし、ドイツの元大統領や元首相ら4氏が「核兵器のない世界を」共同論評を、イギリス外務省は政策文書「核兵器廃絶への条件づくり」を相次いで発表しました。昨年暮れには、カーター元米大統領、ゴルバチョフ元ソ連大統領ら100人を超える政治家、ノーベル平和賞受賞者らが署名者に加わって、期限を切って核兵器廃絶協定締結をめざす「グローバル・ゼロ」運動も旗揚げして、注目を集めました。
こうした核兵器保有国や同盟国の政府関係者らによる、「核兵器廃絶」を目標とする一連のアプローチは、種々の限界を内包するとしても、かつてなかった歴史的な変化であることは疑いないでしょう。この流れを核兵器廃絶の具体的行程に結実させることができるかどうか──、まさにいま、私たち日本の非核平和運動のいっそうの発展と、日本政府の被爆国にふさわしい役割発揮が、大きく問われています。とりわけ、1年後に開催される2010年NPT(核不拡散条約)再検討会議が核廃絶への確かな道筋をつける場となるよう、その成功のために力を尽くすことが強く求められています。被爆の原点に立ち、被爆者の言葉で核兵器廃絶の緊急・重要性を世界に発信し続けてきた私たちの新しい国際署名「核兵器のない世界を」を全国の草の根からさらに大きく広げ、核保有国に核兵器廃絶の「明確な約束」の誠実な実行を真っ正面から迫ろうではありませんか。
このとき、依然として「日米同盟優先」を金科玉条とし、米国の「核の傘」依存路線に固執し続ける日本政府の姿勢は重大です。昨秋の国連総会で、核兵器廃絶を求める非同盟諸国や新アジェンダ連合提案の諸決議に棄権する一方、自らは核保有国が許容する範囲の決議提案でお茶を濁すのは、被爆国政府の責任に背を向けるものと言わねばなりません。世界が変わろうとするいま、日本政府は米「核の傘」依存から脱却し、日本も共同議長を務める「核不拡散・核軍縮に関する国際委員会」はじめ、2010年NPT再検討会議に向かう一連の国際政治の舞台で、被爆国にふさわしい核兵器廃絶のイニシアチブを発揮すべきです。
原爆症認定集団訴訟はことし、全面解決にむけて正念場を迎えます。昨年、原告・被爆者は、政府・厚生労働省に、これまで拒み続けてきた「残留放射能の影響」を認めさせ、認定却下の口実としてきた「原因確率」論を撤回させました。これは集団訴訟開始から苦節5年目の画期的な成果でした。しかし政府は、なおも対象疾病を狭く限定するなど、被爆者救済に正面から向き合おうとはしていません。昨年の成果を力に、5月の東京高裁判決を全国の旧倍の支援で勝利させ、今年を集団訴訟一括解決実現・原告全員救済、被爆行政の“歴史的チェンジ”の年にしようではありませんか。
国民の皆さん。「ベルリンの壁崩壊」から20年、いま、冷戦終結後の唯一の超大国アメリカの覇権主義が破綻し、「世界は変えられる」との希望と確信が世界にみなぎりつつあります。“力の支配”の時代が終焉のときを迎え、“新しい人間中心主義”の平和の国際秩序が、日に日にその足音を高めています。憲法9条をもち、世界で唯一核兵器による惨禍を体験した国として、私たちはいまこそ、「核兵器は人類と共存できない」との原点に立ち、非核の日本と核兵器廃絶を求める世論の高揚へ、意気高く歩を進めようではありませんか。
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