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「ノーモア・ヒバクシャ記憶遺産を継承する会」発足1年
 
被爆者の「生き様」継承へ手応え
代表理事 岩佐 幹三さんに聞く
2012.11.13

 広島、長崎の被爆者の証言、記録を収集・保存し、被爆の残酷な実相を広く後世に伝えよう――。 「ノーモア・ヒバクシャ記憶遺産を継承する会」が昨年12月10日に結成されて間もなく1年になります。
 同会代表理事で日本原水爆被害者団体(日本被団協)代表委員の岩佐幹三(いわさ・みきそう、金沢大学名誉教授)に11月13日、千葉・船橋市内で、同会への賛同の広がり、会結成の意義と今後の抱負などについて聞きました。

予想を超える若者の参加

 
――会を結成して12月10日で1年になります。この間を振り返っての実感からお話しください。
 私たちは会の名称を「ノーモア・ヒバクシャ記憶遺産を継承する会」としました。日本被団協、そして被爆者は、長年にわたって被爆の実相を普及して「ふたたびヒバクシャをつくるな」と訴え続けてきました。その運動や証言活動などに関する資料や文献などは人類にとってかけがえのない貴重な遺産です。それらを継承して「核兵器のない世界」をめざす人類の心の支えとして活かしていくことは、今日を生きている人間の果たすべき重要な使命だと考えています。
 すでに全国的には多くの資料館、図書館、大学の研究施設などで資料の収集や保存がはかられています。しかし活用の方法が積極的に進められなければ、大切な宝物も持ち腐れになってしまいます。そうならないように、被爆者が積み上げてきた遺産を被爆者に代わって未来の世代に伝え活かすことをめざして、この会を発足させたのです。
 そのため会の長期ビジョンとして、3つのステップを構想しました。第1段階は基盤づくりです。この段階は各種の被爆資料に関する情報の整理、収集と発信、また活動を支える継承者づくり、さらに活動の基地となる資料センターの設立が主要課題です。第2段階は、その積み重ねの中で資料館構想へと活動を進めます。第3段階では、公的な機関、たとえば国連大学のようなところに委託して国際的な運動にしていきたい。
 いまはその第1段階の1年目ですが、数百人の個人や団体の方々が会員や協賛者として期待し支援の声をあげてくださっています。
 とくにうれしいのは、予想を超える若い人たちの結集です。
 7月に開いた「設立記念集会」も、若い人たちが企画を立てて、この会の最初の集まりを盛り立ててくれました。大学生協連の学生やナガサキ・アーカイブスに取り組んでいる大学の先生、高校生グループを指導している先生、さらにはアメリカ各地の学校で2年間、被爆者の体験を語り伝えてきた女性など多彩な演出で花を添えました。
 この会は被爆者が主体になる会ではありません。被爆者の思いや願いを受け止め、継承していく人たちが主人公として活動していく会です。その第1歩が踏み出されたと思います。

自分の問題として考える

  
――会のいっそうの発展のために訴えたいことは?
 この会は、被爆の実相を被爆者の運動や体験などの証言を通して継承し広く伝えて、核兵器廃絶の世論と運動を発展させる力として活かすことが、めざすところです。
 原爆被害というと、あの日の地獄絵の様相に目が向きがちです。人類史上誰も経験したことのない出来事だったのですからね。しかし原爆は、「人間として死ぬことも人間として生きることもできない」被害を被爆者に与え続けてきました。被爆の実相とは、原爆がもたらした「いのち、からだ、こころ、くらし」という人間としての生存の全分野にわたる被害と被爆者がたたかい続けてきた被爆体験、まさに生き様の歴史と言えるでしょう。
 被爆体験の継承といっても、すべての被爆者に共通する体験、生き様があるわけではありません。被爆証言を聞いたり、体験記を読んだりしたときに、「もし自分がそのような状況におかれたらどうするだろうか」と受け止めて、自分の問題として考えることが継承の第1歩だと思います。

被爆者の枠を超えた運動

  
――被爆体験の継承は「いま」が大事ですね。
 この会は、これまで日本被団協が中心的に担ってきた実相普及、被爆者の運動や願いを広く伝える活動を、被爆者だけの組織ではなく、非被爆者の結集を求めて、もっと広い普及の場をつくっていきたいと考えています。「語りたくてもどこに伝えたらいいのかわからない」「継承するにはどうしたらいいか」といった声に応えて、語りの場、継承の場つくりに取り組みます。
 他方、各地でいろんなグループや個人が創意的に取り組む草の根の運動が起きています。これらの運動の交流の機会をネットワークを通じて広くつくり、経験を積み上げて、本物の継承になっていくと思います。
 いま被爆者は高齢となり、体力も語る時間も少なくなりました。それはとりもなおさず、被爆体験を伝える運動をつくる時間も少ないということです。やっぱり被爆者が生きている間にいろんな取り組みをやってもらうというか、被爆者と連帯しながら運動してもらう、そうした組織活動がいま、重要な課題になっているんです。
 原爆被害の継承は人類的な課題ですから、それにふさわしく壮大な発展をとげる可能性があるし、私たち自身、そういう気持ちでやっていきます。そのなかで徐々に国民の中にそういう気持ちが広がっていくといいと思います。
 まだ世界には膨大な核兵器が配備・貯蔵されています。この先、新たな核被害者が出るとすれば、それはいま生きている人たち、明日の世代なのです。核兵器が国際管理下におかれても、人類がその知識を持ってしまったいま、どこかの国が、あるいはなんらかのグループがつくろうとすればできるわけです。そういう脅威の時代に入ってしまっている。だからこそ、核兵器の脅威というものを確実に伝えていかなければならないわけです。
 その危険はいまや原爆被害だけではない。原発による核被害があるし、NHKテレビが「地上の太陽」という番組で紹介したように核融合エネルギー利用に突き進もうとする動きもあります。ですから、核時代にどう生きるかという問題はやはり、私たちが考えて次代に残していかなければならないテーマなんですね。

2015年NPT会議へ

  
――岩佐さんは常々、この会の課題は本来、被爆国である日本の政府が率先して果たすべきと指摘されています。
 日本政府がアメリカなどの核兵器保有国に向かって、「核をなくしてくれ」と積極的に言えるような基盤に立っていたら、この会の仕事も国が行なったはずです。しかし、それができないから、やろうとしないから、私たちがつくるしかないのです。被爆国としてこれは悲しいことです。そういう意味では、生意気なことを言うようですが、やっぱり私たち国民がこういう運動をつくらないと、この国がほんとうに世界平和に貢献する栄誉を得ることはできないと思います。
 私たち被爆者は、それを言える自信があります。国に対して長年、要求をかかげて運動してきたからです。国民主権、国の主人公としての運動をやってきました。やはり国民が声を挙げなければ政治はよくならないのだということを、この会としても担い、広げていきたいと思います。
 日本政府が「34ヵ国共同声明」に加わらなかったのは、被爆国の政府として驚くべき態度です。世界も失望したことでしょう。
 実は、ことし5月にウィーンで2015年NPT再検討会議第1回準備委員会が開かれた際、私はそのNGOの会議で挨拶したのですが、その第1草稿では、核兵器は人道法上違法の兵器であることをプリンシプルとして確認し、その廃絶の条約化に向かってほしいという主張を準備していたんです。それを、文章量の配慮等から削ったんですよ。そうしたら「16ヵ国声明」が出てきた。帰国報告では、「わが意を得たりと思った」と言ったんですが、声明が出る前ですから、削らず発言しておけばよかったですね。やっぱり、ものごと、いいことは遠慮していてはいけないということですね。
 会はいま、2015年NPT再検討会議に向けて、被爆者が語り残したこと、語ってこなかったことを聞き取り、核保有国を含む世界にぶつけていくことを考えています。被爆者本人に何回も面接し、心を通わせながら、聞き取っていく。そして、この取り組みで、若い人たちといっしょに、若い人たちを通じて、たとえば誕生会や一人ひとりの顔の見えるミニ集会への参加を呼びかけるなどして被爆者同士の信頼関係を築き、被爆者の新たな結集、被爆の継承をさらに広げていけるといいなと、期待しているところです。
 賛同してくださる皆さんの物心両面にわたるご協力を切に願っています。
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▽同会の問い合わせは電話03・5126・6025まで。▽郵便振替口座=00170・5・694752(名義)ノーモア・ヒバクシャ記憶遺産基金