非核の政府を求める会
シンポ「『核兵器のない世界』への展望と被爆国の役割」 ひらく
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| 2010年12月11日 |
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非核の政府を求める会は2010年12月11日、東京都内でシンポジウム「『核兵器のない世界』への展望と被爆国の役割――2010年NPT合意から次のステップへ」を開きました。パネリストは、藤田俊彦・前長崎総合科学大学教授、三浦一夫・ジャーナリスト、朝長万左男・日赤長崎原爆病院院長、井上哲士・日本共産党参議院議員の各氏。浦田賢治・早稲田大学名誉教授が特別発言を行いました。
同シンポジウムでのパネリスト各氏の報告(要旨)を次に紹介します。(文責・編集部)
第65回国連総会核兵器決議の特徴と核兵器条約制定の展望
藤田 俊彦(前長崎総合科学大学教授)
第65回国連総会は、5月のNPT再検討会議の成果を受けて、核軍備撤廃の機運の高まりの中、白熱した論議を展開し、12月8日、核兵器関連決議案等を表決に付しました。
核兵器廃絶に関する4つの決議では、新アジェンダ連合決議が、核軍備撤廃に向けた諸措置の加速を厳しく要求、賛成率は日本決議を上回る94・5%でした。非同盟諸国のミャンマー決議は、核軍備撤廃を一定の時間枠の中で達成するよう要求しています。65・6%の賛成です。日本決議は、核兵器廃絶の訴えではなく、ステップ・バイ・ステップの核軍縮論です。賛成は93・5%でした。マレーシア決議は、国際司法裁判所の勧告に従い、核兵器条約締結のため、直ちに交渉を開始するよう訴え、72・3%の賛成でした。
主要国の核兵器関連決議への対応の評価では、アメリカが決議反対が飛び抜けて多く、単独最下位です。日本は、対米協力の立場と国民諸階層の非核要求の狭間にあって、主要国全体の上から3分の1程度の地位に停滞しています。政権が民主党に移ってもこのポジションは変わっていません。
次に、米国代表は国連総会の議論の中で、核不拡散の必要性を前面に押し出し、核兵器条約は核軍備関連の国際交渉にとって反生産的だと非難しました。核兵器のない世界の平和と安定との大統領公約が後景に退いた感は否めません。オバマ民主党は、2010年中間選挙で敗北しました。包括的核実験禁止条約や新START条約の批准が危ぶまれるなどオバマ大統領の核兵器政策の前途に黒い陰りが見えています。
今、核兵器条約の締結に新たな注目が集まっています。非同盟諸国はNPT再検討会議の最終文書に、核兵器条約の締結を促す多数の諸国の意向を書き込ませました。今国連総会のマレーシア決議の最重要部分は、??国際司法裁判所の勧告的意見が核軍備全面撤廃交渉を誠実に行い完結させる義務があると宣言した?≠ニの指摘、核兵器条約の早期締結をもたらす多国間交渉の開始によるその義務の履行の要請です。
今回の国連総会では、一定の時間枠の中、段階的計画にもとづいて厳格な検証制度の下で核軍備全体をグローバルに縮小撤廃するとの主張が展開されました。反対する米国等核兵器国は、ステップ・バイ・ステップの実現こそ当面の課題との見解を繰り返しました。
終わりに、潘基文国連事務総長は、2008年10月に開かれたシンポジウムで5項目の提案を行いました。そこでは、核兵器国に核軍備撤廃条約の交渉を促すとともに、個別相互補強の法律文書の枠組みという2つの接近方法を提起して、全面的で完全な核兵器廃止の実現を国際社会に促したのです。彼の提言は、今回の国連総会では、新アジェンダ連合決議、マレーシア決議への支持拡大にも貢献しました。しかし、唯一の被爆国である日本代表団は、今回も核兵器条約の交渉即時開始を求めるマレーシア決議に棄権しました。
核兵器条約をめぐるこうした状況を広く市民に報告し、条約締結への支持を広げるとともに、そうした政治意識を持つ日本政府を作らなければなりません。
「核抑止力」政策の不当性とその侵略的軌跡
三浦 一夫(ジャーナリスト)
「核抑止力」問題は、世界の流れが全体として核兵器禁止条約という方向に向かう中で、それと表裏をなす関係で論議されているテーマです。2010年NPT再検討会議の特徴の1つは、核抑止力論の克服の必要性を強調する国々と、核抑止力に固執する国々との亀裂がかつてなく浮上したことでした。
その後の半年間、オバマ政権が未臨界核実験、核兵器維持を確認したNATO新戦略概念、朝鮮半島の事態など、核抑止力問題の重要性を浮き彫りにする事態が生じています。
「抑止」というと、何となく防衛的なニュアンスを感じますが、そもそも核抑止とは、ある国が軍事攻撃を行おうとする場合、それをやれば、核兵器でその国に決定的な、受け入れ難い打撃を与えるぞという仕組みです。この核戦争を敢えて行うぞというニュアンスがあまり語られていないことが問題です。
歴史的には、広島・長崎への原爆投下がその後の新たな冷戦体制のスタートであり、抑止力の出発点だったという指摘があります。核抑止という言葉が登場してくるのは1949年、ソ連が核実験をやり核兵器を持って以降で、1950年の国家安全保障会議(NSC)の文書「NSC-68」が、抑止定式化の第一歩だと思います。その後、均衡論、確証破壊、相互確証破壊とかいろんな戦略が出てきますが、そういう戦略の裏付けとして核抑止力論が使われています。
その抑止力の名の下にどういうことが行われたのか。まず、米ソ間の核軍拡競争です。最初、アメリカに3つしかなかった核兵器が何万という数に拡大しました。核兵器を持つ国は北朝鮮を含めれば10ヵ国へと増え、潜在的な核兵器保有能力を持った国は日本を含め40ヵ国になるという分析もあります。核兵器の運搬手段、ミサイルの軍拡も莫大な規模で進んできました。軍事同盟の核軍事同盟化も重大です。
しかし、そもそも核兵器は、非人道的で残虐な大量殺戮兵器であり、違法な兵器です。この原点をめぐって、歴史的には「ラッセル・アインシュタイン宣言」、「湯川・朝永宣言」などで強調されたし、国連でも「ワルトハイム事務総長報告」や、非同盟諸国、新アジェンダ連合によって主張されてきました。2010年NPT会議では各国代表が正面から核抑止克服の重要性を訴えました。
今後、核抑止力論の壁を突破するために、理論的にも歴史的にも、その誤りを大いに論議していく必要があります。その点でとくに重要だと思うのは、抑止力論の影響を強く受けていたパグウォッシュ会議の学者の多くが「湯川・朝永宣言」に署名した経緯をみても、被爆の実相、核兵器の本質を徹底的に知らせることです。
核抑止論者のキッシンジャーやシュルツですが、同時に、核兵器の時代はもう終りだ、これからは外交の時代だと言っています。抑止力論者の間で、そうした矛盾が浮上していることは重要だと思います。
「生涯持続型」後障害―非人道的な核兵器は廃絶しかない
朝長 万左男(日赤長崎原爆病院院長)
「生涯持続型」という言葉は、我々研究者が、戦後60年余の研究の結論として、放射線による被爆者の人体障害は生涯持続型だということがほぼ明確になったということで、最近、使っています。
今、核兵器廃絶ムードが高まっていますが、オバマ大統領のプラハ演説でも、人道に反する兵器だという認識が弱いのでは、と思えます。英国調査団は、「原爆で亡くなった人は爆風、熱線、放射線で3回殺された」と記しています。
今、かろうじて原爆を生き延びた人々が、生涯持続性のがんの恐怖にさらされています。先ず子どもから出始めて大人に出て、これが10年ぐらい続きます。その後、白血病が収まった頃から次第に乳がんが出てきます。男性の場合は肺がんです。これはまだ今後5年から15年くらいは続きます。その上、一旦終息したはずの白血病が、もう1回出始めています。第2の白血病といわれる骨髄異形成症候群です。
いったい、その人の体の中で何が起こっているのか。放射線が全身を貫くと、細胞の大きな部分であるDNAが切断されます。DNA切断によって細胞が壊れた場合、3ヵ月以内に被爆者は亡くなっています。これが急性放射線障害です。
体の臓器の基になる幹細胞が遺伝子の傷を一生涯負うということが、生涯持続性の理論の根本です。それが少しずつ証明されつつあります。骨髄異形成症候群が今増えていることを証明するデータがあるし、距離が短くなると男女とも2つ目、3つ目のがんにかかる人が増えていることを照明するデータもあります。私が最も注目してるのはこの多重がんで、被爆者は今から大変な時期をすごさなければならないのではないかと思います。
そこで、65年もがんの発生が続くことが、なぜ科学的に説明出来るかということです。皮膚がんの患者さんのがんの外にある正常に見えてる皮膚に、傷のあるDNAを修復している修復タンパクが集まっていることがわかります。近距離被爆者の皮膚は非常に深い傷を負っているということです。その傷がもとで多分がんが発生するのだろうと思います。その最後のプロセスはまだ解明されていませんが、まず間違いないと思います。
もう1つ、人の体の中を回っている白血球の中から幹細胞を取り出して培養し、それに放射線をかけて観察すると、やはりDNAの修復タンパクができることがわかります。
健康にすごしている被爆者であっても、こういうふうに臓器の根源の幹細胞に遺伝子の傷があり、ここに1945年にこの人の細胞を貫いた原爆放射線の影響を見ています。
もう1つ重要なことは、被爆2世に影響が起こるかどうかというのが、今後10年の最大のテーマです。これまでの染色体、遺伝子の研究では検出できていません。
今、日本政府は、抑止力を米国の核に頼る政策をとっています。この核抑止力をどうやって粉砕していくかが今後の大きな運動の課題ですし、核兵器の非人道性をその大きな柱にしないといけない。政治指導者に、この広島・長崎で起こった大量破壊と、人道上の大問題である被爆者の生涯続く人体異常を強力にアピールしていかなければと思います。
NPT合意から次のステップへ、問われる被爆国政府の責務
井上 哲士(日本共産党参議院議員)
先ず、核兵器廃絶をめぐる国際政治の到達点をどう見るかです。「核兵器禁止条約の締結に向けた交渉開始」がスローガンから現実的課題になりつつあり、今年のNPT再検討会議はその重要な一歩になりました。
潘基文国連事務総長は、国連事務総長として初めて今年の広島平和記念式典に参加し、世界をより安全にする道は核兵器廃絶しかないと宣言しました。12月のアジア政党国際会議「プノンペン宣言」には、NPT再検討会議最終文書の成果、国連事務総長の5項目提案への支持が明記されました。
こういう情勢を切り開く上で、日本の平和運動や被爆者運動の果たした役割は非常に大きいものがあります。カバクチュランNPT会議議長は、日本の691万の署名を受けて、「この熱意に応えなければなりません」と各国政府代表に呼びかけました。
今、唯一の戦争被爆国である日本の政府の果たすべき役割は大きなものがありますが、実際には被爆者・国民の願いに反する恥ずべき態度をとっています。
その1つは、核持ち込み密約問題への対応です。政権交代後の調査で、密約文書が外務省内に保管されていたことが明らかになりました。半世紀にわたり国民も、国会も、世界も欺いて、「非核三原則は国是」と言いながら、それを空洞化させてきた責任は極めて重大です。核持ち込みの土台に「核の傘」への依存があります。NHKも報道しましたが、国連でこの50年間に採択された核廃絶決議のうち日本が賛成したのは54%で、アメリカが認めない決議には反対や棄権をしてきたわけです。
この間、自民党政権当時の麻生首相が??核抑止力を含む拡大抑止は重要だ?≠ニいう親書をオバマ大統領に送ったこと、日本の政府当局者が米議会で核トマホークの退役に反対する働きかけをに行ったこと、米国は地中貫通型小型核兵器を持つべきだとアメリカに言っていたこと、かつて日本が独自の核保有を検討したことなどが明らかになりました。
しかし、民主党政権に変わりましたが、核抑止論からは一歩も出ず、??自民党返り?≠フ状況となり、国民の失望と怒りが高まっています。国会で核密約を追及すると、討議記録の存在を認めたけれども密約ではないと言いはり、アメリカに核政策の変更を求めると「核の傘」を危うくするなどと答弁しました。国連総会でも日本政府は、「核兵器国が受け入れない」などと言ってマレーシア提案の核兵器廃絶決議に棄権しています。
名実とも「非核の日本」に進み、被爆国としての役割を果たすために、核密約を認め、廃棄することが必要です。自分は「核の傘」で守られながら、他国に核をもつなと言っても説得力を持ちません。そして何よりも、核兵器禁止条約締結の国際交渉開始のために積極的な役割を果たすべきです。核保有国の納得が難しいなどとせず、納得させるために働きかけることこそ被爆国政府の役割です。被爆国日本が、この点で積極的立場に変われば、ほんとに国際的にも大きなインパクトをもつにちがいありません。
《特別発言》
核兵器廃絶条約―起案から実現へ
浦田 賢治(早稲田大学名誉教授)
核兵器を廃絶する条約を作り、これを履行するために今何を問題にすべきかについて、私は3つの問題点を上げました。1つは、核兵器を廃絶すべきであるという規範意識の形成、2つ目は、この核兵器廃絶条約を作るための政治的合意の達成、3つ目は、この条約を守らなかった場合にどうするのかという遵守体制の確立です。
第2の論点、政治的合意の達成では、NPT再検討会議最終文書の正確な読みが、日本の反核運動にとって重要だと思います。
こう書かれています。締約国は、「核兵器のない世界を樹立し、かつ維持する上で必要な枠組みを確立するため、すべての国家が特別な努力を払う必要がある」ことに合意した。またこの文脈において「国連事務総長による核軍縮のための5項目提案」に留意した。この「提案では先ずもって、強固な検証システムで基礎づけられた核兵器条約、あるいは、相互に補強しあう別個の文書からなる枠組み、これらの交渉について配慮することを提案した」。交渉について配慮する提案がすべての国の合意事項に含まれたことは重要です。
この合意をめぐって克服すべき課題のうち、「誰がこの条約締結の政治的合意を主導するのか」の問題に限って考えてみます。例えば、故松井康浩弁護士は1993年、原水禁世界大会で「核兵器全廃条約要綱」を発表しましたが、そこでは、「締約国には、核兵器保有国はもとより、すべての国が入る」とし、「発効要件は少なくとも現に核兵器を保有してる国全部の批准となるだろう」と言っています。ここでの難点は、現在、核兵器保有国の意味が一義的に決められないこと、仮にそれが決められても、政治的合意の到達がとても難しいだろうということです。
そこで、カナダ政府などとNGOが進め、対人地雷禁止条約の締結に結びつけた「オタワプロセス」をモデルにしようという見解が、今回のNPT会議でノルウェーやオーストリアから出ました。けれども、核兵器は抑止だという見解がなお有力であり、この核抑止論の主張を認めると、実際の戦闘に適用される国際人道法を引用するという考え方は説得力が十分でないということになります。
そういう文脈の中で、一定の「自立したフォーラム」を作り、核兵器のない世界を達成するための法的、技術的、制度的、かつ政治的な諸要素を探求する専門的組織を作って作業するということが期待されています。
私は、1980年代から核兵器問題について国際的な動きと関わってきました。その成果の1つは、「モデル核兵器条約」という翻訳集になっています。その核心の1つは「全廃」と訳した点です。もう1つ、核兵器廃絶の規範意識をつくる上で強調したいのは、核兵器を使用することの犯罪性です。3つ目に、私は「モデル核兵器条約」の起草委員の1人として、被爆者救済を国際条約に書き込むよう主張しましたが、入れられませんでした。核兵器廃絶条約をつくる時、何が間違ってるのか、どう解決すべきかを抜きに核兵器条約を作れと言っても、本当の意味で迫力がないのではないかと考えています。
(パネリストの報告全文・関連資料は『報告集』に収録)
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