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 ●シリーズ・被爆の実相
 
シリーズ「広島・長崎被爆の実相」
 第8回 核融合について
中嶋篤之助

 すでに説明した1920年代のアストンの研究からわかっていたことですが、重い核が核分裂によってエネルギーが生じるだけでなく、軽い核が結びついてより大きな核になること──核融合──からもエネルギーが生まれます。しかも核融合のほうが核分裂よりも、質量当たりの消滅質量という点で、はるかに大きなエネルギーを放出できるのです。これは特に、水素からヘリウムへの転換の際に顕著に見られます。水素の原子核は陽子で、それが4個集まってヘリウムの原子核になるのですが、この核は陽子2個と中性子2個から構成されます。1グラムの水素を核融合でヘリウムに転換すると、ウラン1グラムを核分裂させたときの約15倍のエネルギーが放出されてくるのです。
 同じく1920年代のはじめに英国の天文学者A・S・エディントンは太陽のエネルギーが粒子の相互作用によって生み出されると推論していました。太陽で常に作り出されている巨大なエネルギーを説明するには、なんらかの核反応を考えるのがもっとも妥当な理由付けだというのです。また彼は、26年には太陽の中心がとんでもない高温かつ高密度になっていると考えられる確たる理論的根拠を発表しました。摂氏1500万度から2000万度くらいの高温になっているのが、太陽の中心部の特徴だということです。
 このような高温では、原子はもはや地球上でのような存在の仕方はできず、さらに太陽の強力な重力の働きで陽子同士は押し合いへし合いの状態となり、かつこのような高温でぶつかり合うので、原子からほとんど全部の電子が剥ぎ取られてしまった状態、プラズマ状態になります。裸の原子核同士は高温下で互いに猛烈な勢いで衝突し合い、複合された原子核に変わります。原子核反応がこのような数百万度の高温によって生み出されるのがいわゆる熱核反応なのです。

■太陽の核反応
 一方、太陽の化学的組成の研究が進み、予想以上に水素が多いことがわかってきました。29年、米国の天文学者、H・N・ラッセルは太陽は体積比で60%が水素だと報告しました。現在では80%くらいが水素だと考えられています。もし太陽エネルギーが完全に核反応から生み出されているのなら、水素の核融合に違いありません。
 原子核の相互作用についてさらに正確なことがわかってきて、反応ごとにどれくらいのエネルギーが生じるかもわかってきました。また太陽内での密度と温度は、存在しうる核種とその量から、そこで発生している反応を考察して、放出エネルギーが算出できるようになってきました。38年、H・A・ベーテとC・F・vonワイゼッカーはそれぞれ独立に研究を進めて、水素の核融合こそが、太陽のエネルギーを維持し得るただ一つの反応であると発表しました。
 太陽は過去50億年以上もエネルギーを放出し続けてきたし、今までどおりに少なくとも50億年先まではエネルギーを与えてくれるでしょう。太陽で生じている核反応に関するデータは地球上ではびっくりするような数値です。毎秒6億5000万トンの水素がヘリウムに変わり、このために毎秒460万トンの質量が消滅しているのです。


【ベーテとワイゼッカー】
 ▼H・A・ベーテ(Hans Albrecht Bethe 1906〜2005)。1906年ドイツで生まれ、フランクフルト大学、ミュンヘン大学で学び、二八年、ゾンマーフェルトの下で学位を得た。その後、フランクフルト、シュトゥットガルト、ミュンヘン、チューピンゲンの各大学で理論物理学を教えた。しかしナチス政権の支配下で地位を失い、33年、英国に渡り、マンチェスター大学、ブリストル大学に勤め、35年には米国に渡り、コーネル大学の物理学助教授、教授を務めた。第二次世界大戦中は、ロスアラモス研究所の理論物理学部長として原爆開発に指導的役割を果たした。38年に発表された太陽中の炭素─窒素サイクルによる熱核融合理論に対し、67年、ノーベル物理学賞を与えられた。

 ▼C・F・vonワイゼッカー(Carl Friedrich von Weizsacker 1912年〜)。ドイツの物理学者。ライプチッヒ大学に学び、33年ハイゼンベルグの下で学位を取得。原爆開発をローズベルト大統領に勧告したアインシュタインの有名な手紙に出てくる。57年、西ドイツの核武装反対の「ゲッチンゲン宣言」の署名者の一人である。父はナチ政府外務省の高官であり、実弟は第六代大統領となり、85年、敗戦40周年にナチスの蛮行を深く反省する演説を行い、内外に深い感銘を与えた。


 (なかじま・とくのすけ=常任世話人・核化学者)