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 ●シリーズ・被爆の実相
 
シリーズ「広島・長崎被爆の実相」
 第33回 最大の汚染
中嶋篤之助

 海水放射能の出現で動揺した調査団は、とりあえず矢部団長を通して水産庁へ指示を仰ぎました。その結果、しばらく予定のコースを南下し、様子をみることにしました。6月2日に初めて延縄業が行われ、メバチの胃の中に残っていたイカやエビなどに弱い放射能を見いだしました。
 イカの肝臓に放射能のあることは、すでに5月22日に捕ったイカでもわかっていました。また、海水の汚染が見つかった5月30日には、トビウオにも放射能がありました。弱い放射能とはいえ、イカやトビウオが放射能を帯びていることは重大なことでした。これまでは、マグロ類の汚染が問題でした。もしマグロ類以外の、いわゆる大衆魚のイカ、トビウオまでが汚染されているとすれば、水産業界はいうにおよばず、社会の動揺はさらに大きくなるでしょう。団長はこのことを発表すべきかどうか迷わざるをえませんでした。
 5月31日をピークとして、海水の放射能は低下しました。プランクトンはそれでも多かれ少なかれ放射能を持っていました。これはプランクトンが放射性物質を体内に濃縮するためです。プランクトンが海の放射能汚染のよい指標になることを示すものでした。6月5日、俊鶻丸は統計171度で赤道を通過しました。さらに南下を続け、南緯2度まで下りました。そこから反転して北に向かうコースをとりました86月7日)。海水の放射能は6月3日からはほとんどゼロに近くなりました。プランクトンの放射能は6月3、4日には生重量1グラムについて1000cpmくらいはありましたが、その後は次第に減少しました。このあたりは南赤道海流の流域で、北赤道海流と同じく海水はゆっくり東から西に流れていました。南赤道海流では、放射能汚染は少ないという貴重な結論が出たのでした。
 ビキニ環礁にあと300キロくらいまで近づいた6月11日ごろから、海水の放射能が再び増え始めました。12日の朝にはビキニ環礁の西方約150キロに迫りました。この日もっともビキニ環礁に近づいた距離は、その西方110キロでした。すなわち、北緯10度55分東経163度51分からスタートした観測点番号17番が俊鶻丸経験した最大の汚染地点でした。別表はその日の汚染状態を示したものです。
 これらの数字でわかるように、とくにカツオの汚染がはなはだしかったのですが、魚は大型小型の別なく汚染されていることがわかりました。また筋肉にくらべて内蔵の汚染は桁違いに大きく、肝臓、腎臓、脾臓などの順で放射性物質の濃縮が見られました。プランクトンの汚染は、海洋環境の指示物質になることはすでに述べましたが、大型の動物プランクトンのなかには、生重量1グラムあたり7万6000cpmという強い放射能を持つものさえ発見されました。
 海水の放射能は「ロサンゼルス市の水道水」どころか、オークリッジ研究所で放射性廃水を貯めているホワイト・オーク湖の水くらいの放射能を示しました。海水中の放射性物質はほとんど表面から100メートルより浅いところに存在し、それより深いところには放射能はほとんどありませんでした。

■水の混じりにくい海洋
 海の表面近くには、水温が高く、したがって水の密度が低い層があって、ちょうど沸かしたての風呂の湯のように、温かい水が表面に浮かんでいます。この温かい水は、下の水と容易に混じり合いません。この層の厚さは50メートルから100メートルくらいで、水はその中ではよく混合しているから、この層のことを混合層とも言います。混合層の下では水温が急に下がり、したがって密度が急に増すために混合層はその上に浮かんでいるのです。海洋の深さは平均3800メートルもあって、海洋には確かに巨大な量の水があります。しかし海水の密度は底に近づくほど次第に大きくなり、上下に安定な成層をなしています。したがって上下の方向に水を混合することは非常に困難です。
 海洋に廃棄物を棄てても、水がたくさんあるからすぐ薄められてしまうと考えがちです。しかし、それは間違いです。海洋では水は水平の方向にも、密度の違う異質の水が互いにモザイクのように並んでいます。その境は不連続面で仕切られていて、水は交換できません。そのモザイクの中を、海流がまるで大河の水のように流れているところもあります。海洋では水は水平の方向にも、簡単には混じり合わないのです。
 ビキニ環礁の付近から流れ出した放射性物質は、深さにして、せいぜい100メートルくらいの(混合層の厚さ)、幅は数十キロから数百キロくらいの狭いベルト状になり、その大部分は西の方向にゆっくり流れていました。ビキニ・エニウエトク環礁から1000キロ以上離れたところでも、海水中の放射能を容易に検出することができたのです。

 【参考文献】三宅泰雄『死の灰と闘う科学者』(岩波新書1972年)


 (なかじま・とくのすけ=常任世話人・核化学者)