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 ●シリーズ・被爆の実相
 
シリーズ「広島・長崎被爆の実相」
 第25回 科学の軍事化
中嶋篤之助

 旧ソ連では、体制崩壊までの科学者の閉じこめ≠ェ行われ、いわゆる冷戦終結後も核拡散を恐れる米国は、ナン・ルーガー法などを制定し、ドイツ、日本などにも資金を提供させて、ロシアに閉じこめ≠継続させています。
 米国でも戦時中はソ連同様で、ロス・アラモスなどは秘密都市でした。前述したように、終戦と同時に科学者は大量に大学や旧職場に復帰したのであるが、彼らの戦時中の軍管理に対する最大の不満は、担当分野が細かく切り離され、全体を知り得ないようにされていたことでした。しかしこの方式は、第二次大戦以後の米国科学の全体としての軍事化のなかで引き継がれたのです。それは、民間企業においても、研究のプロジェクト化がすすむとともに採用されることになります。
 冷戦の開始とともに増大した軍事予算は、大学にも民間企業にも配分されるのですが、同時に、「忠誠審査」が、原子力委員会所属の各研究所はもとより、大学にも要求されることとなったのです。こうして産軍癒着の体制は、戦後の米国科学の特徴となったのです。
 ある目的に科学者・技術者を動員し、発見されたばかりの基礎科学的原理から恐るべき兵器を作り出した経験は、その後、NASAによる宇宙開発にも引き継がれることとなります。そしてそれは、産業のいっそうの軍事化を推し進める結果となったのです。そして必然的に、いわゆる民需技術の衰退を招き、日本やドイツに遅れをとることとなるのです。また、双子の字に象徴される米経済の転落へと導いたのです。ソ連はもっとひどい結果、すなわち国家体制の崩壊にさえ至ったのでした。

■軍事科学の波及効果
 しかし、これらの軍事科学が科学の発展にまったく無益であったということではありません。いわゆる波及効果は、それなりに大きかったといえます。ほんのわずかの例を挙げるならば、コンピュータの発展、プレート・テクトニクスの確立、バンアレン帯や惑星探査、各種の人工衛星の開発など宇宙開発分野などが挙げられるでしょう。
 フォン・ノイマンはロス・アラモスで衝撃波の研究をしていて、コンピュータの必要性を痛感し、戦後になってノイマン型コンピュータを提案します。それはC3Iと呼ばれる核兵器管理システム成立のために欠くべからざるものだったのです。プリンストン大学のヘスが1960年に出した海洋底の発展≠ニいう報告は、プレート・テクトニクスの出発点となる論文でしたが、それは海軍の研究費に対する報告書でした。全世界に原子力潜水艦を展開しつつあった米海軍は、海底に関するあらゆる知識を必要としたのでしょう。
 宇宙開発はソ連が先行したこともあって、とくに力が注がれたのですが、それらについてすべてを述べることは限られた紙数では無理です。
 しかし、これらの成果は、軍事科学の波及効果としてでなければ得られなかったわけではないということを、認識しておく必要があります。ただ、軍事科学の場合のように経済的採算を無視した研究投資が行えたかどうかという点はあるにしても、全体としてはまったくの浪費である軍事生産の支出を、もっと民主的な科学者間の討議にもとづく研究計画によって合理的に配分することはまったく可能でしょう。


 (なかじま・とくのすけ=常任世話人・核化学者)