| シリーズ「広島・長崎被爆の実相」 |
| 第19回 1944年夏の危機B |
| 中嶋篤之助 |
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オッペンハイマーは、理論部門での内紛にも対処を迫られていました。
ベーテを長とする理論部門(T部門)でスーパーの研究をすすめていたテラーは、自らすすんで爆縮法のグループを始めましたが、次第に熱意を失って、再びスーパーに戻ってしまいました。プルトニウム原爆が危殆に瀕して猫の手も借りたい状況下でのこの無責任な行動のため、ベーテとテラーの間に決定的な亀裂が生じました。オッペンハイマーは、1944年6月にロスアラモスに移ってきたパイエルスをテラーの代わりに据えて爆縮法の研究計算にあたらせました。
このパイエルスの片腕としてK・フックスもT部門の一員となりました。ロスアラモスの秘密の中核にフックスというソ連のスパイを潜入させる結果になったのは、テラーの反乱によるもので、これは歴史の皮肉というべきでしょう。ファットマンの詳細なデータはフックスによってソ連のアルザマス-16と呼ばれる秘密の設計研究所に伝えられ、利用されました。同研究所に今も残るソ連の第一号原爆の模型はファットマンにそっくりです。
T部門の改編に続いて、44年8月、オッペンハイマーは研究組織の全面的改編を行い、45年6月20日に予定されたトリニティ実験に向かって全力をあげる態勢を整えようと、新しくF、G、Xの三部門をつくります。F部門は新しくロスアラモス入りするフェルミを迎えるために新設されました。G部門はウランの砲撃方式装置とプルトニウムの爆縮方式装置の具体的設計を受け持ちました。X部門はキスチャコウスキィを長として爆薬部分の製作を担当しました。
爆縮方式の課題は、(a)爆薬によって内側に収縮していく球面衝撃波をつくること、(b)テイラーの境界面乱流の発生を抑えることでした。(a)については英国チームの一員J・タックの爆薬レンズの提案が解決の糸口を与えました。第1図は爆薬レンズの考えを示しています。衝撃波が伝わる速度の異なる爆薬をうまく組み合わせて、タンパーの外側に波が達するときには内向球面衝撃波の形になるようにするのです。原爆のための爆薬レンズの理論設計はノイマンとパイエルスが行い、実際の製作はX部門が行いました。
テイラーの境界面乱流の問題の検討を続けたR・クリスティは44年9月、プルトニウム・コアとして、中空球ではなく、中身の詰まった金属球を使うことを提案しました。この球は常圧下の密度では臨界サイズより小さいが超高圧を加えて圧縮し、臨界状態を超えるようにするのです。このクリスティ装置の略図が第2図です。
45年2月28日、グローブス、コナント、トールマン、キスチャコウスキィ、ベーテ、C・ローリツェンの面々がオッペンハイマーの部屋に集まって、プルトニウム原爆(ファットマン)の設計をクリスティ装置に凍結することを決定しました。同時にウラン原爆(リトルボーイ)の設計も凍結されました。
リトルボーイのほうは開発が順調にすすんでいましたが、クリスティ装置のほうには多くの不安が残っていました。この装置はテイラーの不安定性の対策としては有効と思われましたが、それを効率よく核爆発させるためには、正確なタイミングを与える反応開始装置が必要であると判断されました。T部門のフックス、クリスティ、ベーテがその理論的設計を担当し、「うに(uruchin)」と命名されました。
しかし、この反応開始装置にフェルミが強い疑念を表明したため、オッペンハイマーは、当時ロスアラモスに滞在していたニールス・ボーアとその子息オーゲに意見を求めました。二人はベーテたちの「うに」が多分うまくいくと考えたようです。「うに」はフェルミの反対を押し切って採用されましたが、現物ができたのはトリニティ実験の直前でした。ローリツェンとL・アルヴァレが受け持った多数の引火点の同時性を確保する引火装置の製作も、爆薬レンズの製作も、トリニティ実験の寸前までもつれにもつれました。
トリニティ実験に向かってオッペンハイマーがその解決を時間的に揃えなければならない問題はほかにも無数にありました。
プルトニウム・コアの冶金処理の問題もその一つです。プルトニウムは金属として常温と融点との間に五つの異なった相があり、常温で安定な相はもろくて成形加工が困難であり、高温で安定な相では成形加工が可能だが、温度を下げると相変化を起こして元の形に保てないという難問がコア製作の前に立ちはだかりました。
冶金学者のC・スミスたちは、ガリウムを3%混ぜたPu-Ga合金ではその問題がほぼ解決することを発見しましたが、時間をかけてその性質を調べる余裕がなかったため、オッペンハイマーに相談を持ちかけ、合金使用の決断が下されました。トリニティ実験用のPu-Ga合金ができたのは、テストのわずか2週間前、45年7月2日のことでした。
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(なかじま・とくのすけ=常任世話人・核化学者)
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